学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師は美術作家の小滝タケルさん。主に樹脂を用いた彫刻作品制作の傍ら、仲間と立ち上げた「美術系施工集団square4」でさまざまな作家のニーズに応え、展覧会施工や台座などの制作、作品の制作補助などを請け負っています。それぞれの活動のバランスや収入の成り立たせ方など、小滝さんの築いてきたスタイルについてお聞きしました。

●ゲスト講師 小滝タケル(美術作家/美術系施工集団square4代表)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


生命のシステムへの興味を追求する作家活動と、依頼に応えるsquare4の仕組みづくり

酒井博基(以下、「酒井」)まずは小滝さんの作家としての活動について教えてください。どのようなコンセプトで制作をしているのでしょうか。

小滝タケルさん(以下、「小滝」)僕はムサビの彫刻学科の出身で、主に彫刻や立体系の作品を制作しています。学生の頃からメインで扱っているのは樹脂で、プラスチックやポリウレタンなどを利用してきました。生命や生き物がどのような形をとってきたのか、その形がどのように発生してきたのかというところに興味を持っていて、そこが彫刻という分野とつながるのではないかと感じて制作を続けています。

学生の頃の作品には、人間や動物の骨のような質感で、カブトムシのツノの形状をモデルにしたものなどがあります。カブトムシや昆虫は哺乳類と逆で、身体の外側に骨を持つ外骨格の生き物です。哺乳類の内骨格を外骨格に反転させることで、形がどのように生まれているのかを考えられないかと思い、つくった作品です。

《solidmirage -Dynastes neptunus-》2010年

一方、先日の個展で展示した作品は、樹脂を使っている点は同じですが、形は学生の頃とだいぶ違っています。こちらは、生き物の形ができてくる一番最初のところに着目して制作しました。世界で最初の生命は、海の中に分散していたアミノ酸やタンパク質など、いろいろな成分がひとまとまりになっていったことでつくり出されたと言われています。僕は、それは同時に生き物の形の始まりだと捉えていて、最初は輪郭があるようでないような、ギリギリの存在だったと思っています。それを表現できないかと試行錯誤し、樹脂の塊を生成してノミで叩き割り、そこで生まれた輪郭を氷山や山、溶岩などになぞらえながら制作しました。

また、樹脂の表面に溶けた熱い金属を流してつくった作品では、粘菌という生物が木の表面を這っていく様子や、溶岩や岩を表しています。海底には、常に高温のガスが噴き出している「熱水噴出孔」という場所があります。いろんな成分が渦巻いているので、こういうところも生命の生まれた原点だと言われています。

僕はこうした生命の誕生をコンセプトにして制作を続けてきました。それには幼少期に昆虫が好きだったことや、水族館に通っていた体験がかなり影響していると思いますが、システムとして完成されている生物というものがすごく好きなんです。生命は死んだら食べられて別の生き物の栄養になる。無駄がないんです。そういうところに美しさを感じて、彫刻でその美しさの一部を形にすることで、鑑賞者に見ていただけたらと思っています。

《once -mutalism or parasitism-》2023年

(酒井)小滝さんのもうひとつの軸である「square4」では、どのような活動をしてきたのでしょうか。

(小滝)square4は“美術系施工集団”と名乗っていて、それぞれ別の得意分野を持った仲間たちと、台座や額縁といった展覧会に必要なあらゆるものを施工したり、パネル製作、美術作品制作補助などを請け負ったりしています。たとえば、電気系の仕事だったらこの人、梱包ならこの人、という感じで、案件ごとに必要な専門知識を持つ仲間に声をかけて対応します。square4は僕が大学院生のときに立ち上げて、今年で11年目になりました。作家になるのとほとんど同時に始めた活動です。

こちらは2020年にスパイラルガーデンで開催された、イイダ傘店15周年記念展覧会『翳す』です。傘を飛んでいる鳥に見立てて展示しているのですが、その傘を吊るためのフレームの制作から、現場での展示作業を担当させていただきました。

また2017年の国立新美術館の「開館10周年記念ウィーク」では、エマニュエル・ムホーというデザイナーによるインスタレーション「数字の森」の展示を担当。部屋中を埋め尽くすように数字を吊り下げました。

ムサビの美術館でも多くの展示に携わっており、壁や天井、床の補強や映像を投影する特殊なスクリーンの制作、フレームやパーテーション、展示台となる台座の制作などを行っています。

(小滝)そのほかには、展示の一部となる模型の制作や、さまざまなジャンルのアーティストの制作代行も。square4にはいろいろな分野のメンバーがいるので、技術的に難しい部分を請け負って制作したりします。また、お店の内装やデザインオフィスの建具・家具の製作をご依頼いただくこともあります。

質問1 作家としてやっていこうと思ったとき、いちばん不安だったことはなんですか?

(酒井)作家としての作品づくりとsquare4としての制作、かなり幅広い活動をご紹介いただきました。小滝さんは大学院生時代にsquare4を立ち上げて、作家活動も同時期からのスタートということでしたが、当時いちばん不安だったことはなんでしたか?

(小滝)僕は進路を決めるときに、なるべく就職をしたくないという思いからフリーランスという選択をしたので、いちばんの不安はやはり金銭面でしたね。続けられなくなって結果的に会社勤めをすることになるかもしれない、というところが不安でした。

(酒井)なぜ就職したくないと思っていたのでしょうか。

(小滝)就職をすると「決定権が会社にある状態」になるので、それが苦手だと思っていたんです。中高生くらいの頃から、なんでも自分で決めて責任も自分にあるという状態が僕には合っていると感じていたので、就職以外の進路を模索しました。

(酒井)作家活動は自分が表現したいものをつくり、世に投げかけるというもの。一方でsquare4は誰かから依頼されたものをつくるという活動です。真逆の方向性のことを同時に仕掛けていっていますが、なにか狙いがあったのでしょうか。

(小滝)これはそこまで狙っていたわけではなく、学生の頃から先輩たちに頼まれて展示台をつくったりすることが多かったんです。square4については、その依頼が増えていき、これは商売になるかなということで続けていった形です。

(酒井)その頃から、小滝さんのつくる什器のクオリティや手際が評価されていたということでしょうか。

(小滝)僕は台座ひとつにもこだわるタイプだったのと、クオリティを上げていくことを徐々にシステム化していったので、そういう点で声をかけていただいたのではないかと思っています。

(酒井)展示の台座や什器も、作品の世界観を伝えるうえですごく重要なものであり、そこにこだわることは、小滝さんの作家としての側面でもありますね。

(小滝)そうですね。最初は作家として、自分のオリジナルという意識で台座をつくっていたところはあると思います。誰かから依頼された台座も、自分の作品と同じテンションでつくっていました。

(酒井)結果的に「作家とsquare4」という今のスタイルになったということですが、たとえばアルバイトをしながら作家活動をするのではなく、収入を得る活動すら自分で生み出していくというのは、なかなかすごい仕組みだなと思います。

(小滝)これは本当に、あまり意識して戦略的にやってきたわけではなく、結果的にこうなったという感覚です。身近な方やお客さんから「こういうものできないかな?」「小滝だったらどうつくる?」みたいな相談をいただくので、それにひとつずつ応えていった。それを繰り返していくうちに自分の作品もアップデートされて、製作の知識がsquare4の仕事に活かせたり、square4での経験を自分の作品にフィードバックすることもあったり、いい相互関係ができていると思っています。また、もちろん作家として作品をつくるほうが自由度は高いですが、つくることに対するモチベーションは、自分の作品でもsquare4の仕事でもそこまで変わらないと感じています。

質問2 卒業して3年、5年、10年後の収入源の種類と比率はどう変化していきましたか?

(酒井)次は、大学卒業後の収入源の変化についての質問です。大学院修了時にすでに作家活動とsquare4の活動を行っていましたが、収入源はどのように変化していったでしょうか?

(小滝)大学院を修了したばかりの頃は、作家・小滝タケルもsquare4も、どちらも認知はほとんどない状態だったので、いただいた依頼はすべて引き受けていました。そのなかにはまったくお金にならない仕事もありましたし、テーマパークの造形物をつくる会社にアルバイトとして行ったり、美術品の梱包や輸送の会社、塗装屋さんなどのお手伝いに行ったりもしていました。

(酒井)さまざまな経験を積むことでsquare4としての知見が溜まっていったんですね。

(小滝)まったくその通りでした。比率は少しずつ減っていきましたが、square4主体ではなくほかの会社のお手伝いというかたちで携わらせていただいたのが5年目くらいまでですね。その頃から徐々にsquare4としてご依頼いただくことが増えてきて、10年目を過ぎた今は、ほぼsquare4としていただいている依頼に応えています。
収入全体では、90%以上がsquare4での収入です。現在は美術館からの仕事が多く、なかでも40〜60%くらいがムサビの仕事です。

(酒井)収入の比率ではsquare4が大部分を占めていますが、作家活動へのモチベーションに影響はありますか?

(小滝)square4が忙しいときに自分の作品づくりが重なると辛いですが、基本的には自分が自由でありたいゆえに選択しているスタイルなので、作家活動をなくすという発想はありません。どんなに小規模だとしても、自分の制作は続けていきますし、そのためにsquare4がある。お互いに影響し合っているので、どちらかを切り離すということはできないと思います。

(酒井)収入の問題ではなく、小滝さんのスタイルとして確立されているということですね。始めた頃はお金にならない仕事もあったということですが、知り合いからの依頼も多いなかで、優先順位の付け方などで意識していることはありますか?

(小滝)そこはとても難しくて、いまだに失敗することもあります。関係性が高い友人からの依頼はやはり優先度を高くしがちですが、実は予算が全然なかったり、友人を介してクライアントとやりとりしていた結果、意思疎通が計れておらず仕事としてはうまくいかなかったりということもあります。そこをシビアに割り切れたらもう少しうまくいくとは思いますが、square4はいろいろな方からの相談に応えていくことが原点。そのベースはなるべく崩したくないんです。相談を受けたら、基本的には一旦乗ってあげたいと思っています。

(酒井)いただいた依頼に対する見極めというのは、経験を重ねても難しい部分があると思います。小滝さんが判断の基準にしていることはありますか?

(小滝)僕たちは友人や知り合いからの相談が多いので、たとえばそのうしろに別の企業や人がいる場合は、少し慎重にやり取りを進めた方がいいと感じています。
仕事の考え方としては、「お金」と「時間」と「クオリティ」の3つの柱を基準にしています。たとえばクオリティを求めなければ時間もお金も抑えられますが、クオリティを上げるためにはお金と時間が必要です。逆に言えば、お金と時間のどちらかが大量にあればなんとかなるんです。お金がないなら時間はかかるけれど、ほかの仕事の合間にゆっくり進めていいものをつくる。逆にすぐに必要という場合は、ほかの仕事をキャンセルすることになるので、その分お金が必要になります。そのバランスが取れていれば仕事としては成立すると考えています。

(酒井)有限なリソースをどう配分していくといいものができるのか、という考え方はすごく重要なことだと思います。後半では作品や仕事に対する値付けのことも聞かせてください。


互いに影響し合う作家活動と、作家の活動を支援するsquare4としての仕事。後半では作品への値付けやものづくりのこだわり、そしてこの先の展望もお聞きします。

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<講師プロフィール>
小滝タケル/美術作家、美術系施工集団square4代表

主に樹脂を用いた彫刻作品制作の傍ら、仲間と立ち上げたsquare4の活動も。多種多様な作家のニーズに応えるため、都度専門分野のメンバーを招集するスタイルで、展覧会施工、台座や額縁製作、作品の制作補助、取り付けまで幅広く請け負っている。
http://www.odakitakeru.com
https://www.instagram.com/square4_official/