学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。ムサビの同級生4人で起業したクリエイティブチーム「heso(ヘソ)」のクリエイティブディレクター須藤千賀さんに、それぞれの役割分担やお金のことなどもお聞きしました。

●ゲスト講師 須藤千賀さん(heso/クリエイティブディレクター)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問3 それぞれの個性を生かすために、どのような工夫をしていますか?

(酒井)3つ目の質問です。hesoは4人メンバーがいて、それぞれのやりたいことや個性も異なると思います。それを生かす工夫などはあるでしょうか?

(須藤)4人ともそれぞれ自分で主張しているという感じが強いと思います。性格としてはみんな穏やかなのですが、クリエイティブに関してはやっぱり主張が出ますね。そういう意味では、誰かの個性を生かすような仕事をとってこようというよりも、仕事のなかで自分たちで個性を出していくイメージでしょうか。たとえば、メンバーのひとりはプロダクトデザインがメインで、グラフィックの仕事はしません。彼女はもともとファッション系の仕事をしていた人で、チームのなかで自分の能力を生かすとしたら、ものをつくることだと考えていました。5年目くらいにグラフィック系の仕事がすごく増えたとき、彼女は自分の力が発揮できるのはグラフィックではないということで、バッグをメインとしたプロダクトブランド「SOAK(ソーク)」を立ち上げました。

(酒井)自己犠牲を払ってチームを優先するのではなく、自分のやりたいことを主張してチームとしてできることを増やしていくというのはとても健全な運営ですね。ちょっと気が向かないけれどほかに人がいないからやる、ということはあり得ると思いますが、遠慮しあって全体の“攻め”の姿勢が弱くなっていったり、4人のバランスが崩れたりすると対立構造も生まれやすいのではと思います。

(須藤)もちろんいろいろな案件を進めるなかで自己犠牲がまったくないとは言い切れませんが、やりたいことを我慢して気が進まない仕事をするのであれば、自分たちで起業した意味がないよねという話はよくします。ただ、私もそうですが最初から自分が得意なことがわかっているわけではなかったり、やってみたら意外と得意だなと感じることもありますね。

(酒井)「起業した意味」という原点にきちんと立ち返れるというのはhesoの強みだなと思います。みんなが一歩引いてしまって、なんのために仲間で起業したのかを見失ってしまうというのは、“友だちとの起業あるある”なのではないかと。

(須藤)そうかもしれません。私としては4人で立ち上げたということがとても重要で、「グラフィックをやりたい」のではなく「この4人だからできることをやりたい」と思って始めたのがhesoです。だから、それぞれのやりたいことに仕事をシフトしていくという考え方がベースにあって。仕事で自分たちをつくっているのではなく、自分たちで仕事をつくっているということが本当に大事だと思っています。

質問4 クリエイティブ以外の業務をどのように分担していますか?

(酒井)ここまではクリエイティブの話を中心に伺ってきましたが、会社である以上、バックオフィス業務といわれる経理の仕事や手続き関係などの事務仕事もしなければいけません。全員がクリエイターというチームでこれをどのように分担しているのでしょうか。

(須藤)hesoはバックオフィスのスタッフがいないので、スケジュールやお金の管理など、会社の運営にまつわる業務もみんなでやっています。具体的には、最初はそれぞれのキャラクターで役割分担をしたんです。私は長女で中学生くらいまでは学級委員などをやるタイプだったので、責任感はあるということで、立ち上げの際に代表取締役になりました。本当はフラットにみんなが社長である会社にしたかったのですが、法務上では代表をひとり決めないといけなかったんです。ただ、形だけとはいえ実際には銀行取引や不動産関係、税務関係など、代表でないとできない業務もいろいろあるので、そこは私が担っていました。そのぶん、ほかのメンバーが経理を担当するなど分担していました。

この役割には最近変化があり、私はいまは代表を下りています。というのも、いま私は妊娠中なのですが、会社の代表は雇用保険が適用されないんです。会社に所属する従業員であれば雇用保険が適用され産休がとれますが、会社の代表は出産や子育てで休んでいるあいだはお金が入らない。これはかなり切実な問題です。hesoは全員女性で、会社を立ち上げた時に子育て中だったメンバーもいれば、立ち上げてから出産したメンバーもいます。雇用保険のことや手続きについてなどはすでに知識があったので、みんなで相談してすでに子どもが大きくなったメンバーと代表を交代することにしました。立ち上げから10年が経ち、それぞれが会社を守るためにいま自分のできることを考え、時間や役割を分担しあって会社を運営しているという感覚です。

(酒井)ライフステージの変化によって、それぞれの状況に応じて役割を融通し合うという、本当にフラットな関係性ですね。

質問5 給与は全員同じですか?

(酒井)次の質問は、なかなか聞けないお金の話です。ずばり、給与についてはきれいに4等分なのでしょうか、という質問です。プロジェクトによって稼働する時間も異なると思いますが、そもそもクリエイティブに対しどういう考え方で給与を決めているのでしょうか。

(須藤)hesoの場合は、給与を設定するのではなく、“給与の考え方”を設定しています。能力や時間や貢献度など視点はいろいろありますが、私たちが基準にしているのは時間。子育て中のメンバーばかりということもあり、さまざまな検討をした結果、時間で区切るのがいちばんいいということになりました。基本の就業時間は9時から17時で、自分たちが気持ちよく働ける時間をオーバーする仕事は、会社として受けられないという考え方です。実際には月給制度ですが、給与の設定を時間を基準にしているので、みんな時給が一緒というイメージ。その基準があるので、今日は早上がりしたいとか、いまどうしても仕事が納まらないから残業したいということにも対応できています。

ただ、コロナ禍以降は在宅勤務も増えて、よりフレキシブルになっています。基準の時間という目安はありつつも、それぞれが自分の仕事のスケジュールに責任を持って進められればOKという感じで成り立っています。

質問6 10年後、20年後など、先のことを考えることはありますか?

(酒井)2023年に10周年を迎え11年目が始まったばかりですが、先のことを話し合ったり、プランを立てたりはしているのでしょうか?

(須藤)これまでは目の前の、見えていることを目標にしていた感じがしますが、10周年のタイミングで初めてビジョンを整理しました。自分たちのクリエイティブの価値をもっと広げていきたいです。それはただ会社として売上を上げたいということではなく、自分たちのクリエイティブをもっとお金にしたいとか、社会に対する価値をもっと生みたいということです。10年経ってようやくそういうことが言えるようになりました。個人的にはこれから出産が控えており、人生の節目を迎えようとしていますが、そういうライフスタイルの変化を柔軟に受け入れていくチームでありたいと思っています。たとえば誰かがどこかに移住するようなこともあるかもしれませんが、それぞれが自由に、やりたいことが実現できる状況をつくり応援したいです。そういう変化があってもhesoを続けていきたいですね。

(酒井)すごくいいビジョンですね。僕はどちらかというと、そういう思いや感情から数字を立てて計画を考えるタイプです。思いを語りながら算盤を弾くというか……。ただ、会社を経営していると、数字で計画を立てていてもそれがだんだん言語として見えてくることもある気がします。

(須藤)それはすごくわかります。単純にお金がついてこなければ理想を実現することはできないので、どちらも重要な視点だと思います。

質問7 同級生と起業して成功するための条件はなんだと思いますか?

(酒井)最後の質問です。hesoのバランスのよさは奇跡的ともいえると思うのですが、同級生と起業して成功するための条件をぜひお聞きしたいです。

(須藤)私たちのやり方が、友だち同士で起業したいというすべての人にハマるわけではないですし、チームで活動するのが合う人とそうでない人がいると思います。実はhesoは、本当の最初の結成時は5人だったんです。その後、会社を立ち上げるタイミングでひとりが抜け、4人での起業になりました。抜けた同級生は、チームのなかでではなくもっと自分のクリエイティブを主張したかったし、そのやり方のほうが本人に合っていた。いまも自分のクリエイティブで仕事をしていますし、hesoとの関係性も良好で、あのとき抜けたことはお互いにとっていい選択だったんだなと思います。

そのうえでhesoがここまでたどり着いたのは、本当に一緒にやってきたメンバー同士のリスペクトがあったからだと思います。私は就活もうまくいかなかったし、助手時代に制作活動をしていたときには自分の作品にぜんぜん自信が持てなかったんです。そんなネガティブな時期に同級生に声をかけて展示からスタートしたのがhesoで、そのときから私はみんなのクリエイティブにリスペクトと信頼がありました。自分ひとりではできないことも、4人だからできている。これは私が一方的に思っているのではなく、ほかのみんなもお互いに対してそう感じていることで、本当にリスペクトし合ってここまで来られたと思っています。


<講師プロフィール>
須藤千賀(heso)/クリエイティブディレクター

2010年に活動をはじめた4人のクリエイティブチーム「heso(ヘソ)」でクリエイティブディレクターを務める。体の中心におへそがあるように、自分たちのクリエイションの中心にあるアイデア、価値観、創造力を大切にしている。変化することを楽しみながら、“へそ”から生まれるものづくりの幅を広げている。
http://heso-cha.com/