学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。映像カメラマンとして数多くのCMやミュージックビデオなどを手がける中島唱太さんをゲスト講師に迎え、映像業界で活動するために必要なスキルや機材のこと、また仕事への向き合い方などについてお聞きしました。

●ゲスト講師 中島唱太さん(映像カメラマン)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


すべては人がつないでくれた。学生時代からの人脈と幅広い仕事の領域

酒井博基(以下、「酒井」)中島さんはムサビを卒業後、撮影監督や映像カメラマンとして活動されています。まずはどのような作品に携わっているのか、また映像制作の現場にはどのような仕事があるのかを教えてください。

中島唱太さん(以下、「中島」)映像にはいろいろなジャンルがありますが、僕が撮影しているのはテレビやウェブで流れる企業のCMや、アーティストのミュージックビデオなどが多いです。以前は自分で演出していたこともありましたが、案件の規模が大きくなってきてからは、監督を別に立てて僕はカメラマンとして参加するものがほとんどです。数年前からはドラマや映画などを撮らせてもらう機会もあり、1ヶ月くらいかけて撮影することもあります。

映像制作は、たとえば広告などのクライアントがいる作品では、大抵の場合、まずクライアントであるメーカーや企業が広告代理店に依頼します。両者間で商品を宣伝するための戦略が練られ、制作するもののなかにCMなどの映像があれば、広告代理店から映像制作会社に依頼がかかります。映像制作会社には監督やプロデューサーなどがいて、具体的な企画が練られていき、撮影や照明、録音、メイク、衣装、美術のようにさまざまな役割がチームとなった「技術部」が撮影をします。そして撮影が終わったら、映像を編集して色や音の調整、CG処理などの「ポストプロダクション」といわれるチームが仕上げていきます。僕はフリーランスの映像カメラマンとして技術部のチームに入り仕事をするのですが、技術部には同じようにフリーランスや起業して仕事をしている方がたくさんいます。

これが一般的な映像制作のかたちですが、いまは技術的にも機材的にもひとりでできることが増えています。予算によっては、撮影だけでなく照明と録音もまとめて僕がやることもありますし、さらに企画から演出、撮影、編集までひとりで請け負うというスタイルもできるようになっています。ただ、やはり規模が大きくなると限界があるので、分業制で行うことが多いと思います。

(酒井)撮影カメラマンとしては具体的にどのような仕事をするのでしょうか。

(中島)撮影部に話がくるのは、作品の設計図ともいえるコンテがある程度できている段階であることが多いです。コンテや予算をもとに、どうやって撮るかを監督と話し合い、撮影場所を探すロケハンに立ち会うこともありますし、カメラを吊り下げてみたりドローンを飛ばしてみたりと、撮影に向けた実験も行います。映像作品というのは、企画書やコンテの段階ではまだ見えない部分が多く、それをカメラのレンズを通して形にするのが僕の仕事です。

(酒井)中島さんはフリーランスとしてどうやって仕事を始めたのでしょうか。

(中島)僕は2010年にムサビのデザイン情報学科を卒業し、まずAR(拡張現実)の仕事をしていました。学生の頃から映像をやっていたわけではなく、メディアアートやデジタルアートなどに興味があり、AR作品も遊びでつくったりしていたんです。あるとき、一般大学の友人が僕のつくったAR作品を営業してくれて、広告代理店である博報堂にプレゼンする機会をもらいました。そこから人のつながりが生まれて仕事がもらえるようになり、ドローンやテレビの仕事もするようになりました。2014年頃からは撮影監督という仕事を本格的に始めて、気づいたら映像をつくることが職業になっていました。僕はムサビを卒業してから現在まで、企業に就職することなくフリーランスで仕事をしてきましたが、手がけた案件はすべて誰かが誰かを紹介してくれて仕事につながっていったものです。

撮影カメラマンにもいろいろなタイプの人がいますが、僕の場合は“不可能を可能にする系”といいますか、「こんなのどうやって撮るんだ」という無茶振りのような企画がくることが多いんです。ドローンなどちょっと特殊なスキルを持っていることもあり、映像にするのが難しそうなものでも僕ならどうにかできると頼んでもらえるようになりました。そうした“企画をなんとか形にしてくれるキャラクター”になれたので、いろいろな仕事をいただけるようになったのかなと思います。

質問1 映像業界は幅広いスキルを持っていたほうが有利でしょうか?

(酒井)「困ったらまず中島さんに相談してみよう」「中島さんに頼んだらなんとかしてくれる」といわれるくらい、ARやドローンなどさまざまな技術を使いこなせる中島さんですが、やはり幅広いスキルがあるほうが有利なのでしょうか?

(中島)なぜほかのカメラマンでなく自分に頼んでもらえるかというと、やはり「いろいろなことができる」ところが大きいと思います。話のタネになるようなスキルを持っていると、覚えてもらいやすいということもありますね。僕は学生の頃からとにかくさまざまなことに興味があり、それらを試していった結果、いろいろできるようになっていました。たくさんのスキルを身につけるというよりも、幅広く興味を持つのがいいと思います。

(酒井)ARを始めたきっかけはありますか? また、人が仕事をつないでくれたというお話がありましたが、興味と仕事がどのようにつながっていったのでしょうか。

(中島)僕はムサビに3年次編入で入学したんです。そうすると大学生活はあと2年しかない。編入後は早くたくさん知り合いをつくりたいと思い、イベントに積極的に参加したり、自分でもイベントを主催したりするようになりました。その後、立ち上げたイベント集団のチラシをつくる機会があり、たまたま見つけたARの技術を使ってみようと独学で勉強し始めました。チラシの制作という目的があったので、楽しいことをしながら技術を習得できるラッキーな環境だったと思います。

ほかにも、当時アルバイトしていた音楽プロデューサー・桑原茂一さんの事務所で、USTREAM配信のお手伝いに行かせてもらったりもしていました。当時はまだ生配信が珍しかったころで、USTREAMの勉強をしたり、プロジェクトマッピングをやらせてもらったり。そうやって興味のあるいろいろなことを並列してやっていましたね。そのスキルをおもしろがってくれる人がいて、仕事を頼んでくれる人がいる。その積み重ねでここまできたと感じています。本当に使ってくれる人のおかげです。

(酒井)さまざまなスキルのうち、どれかひとつの道を極めていこうとは思わなかったのでしょうか。

(中島)それはなかったですね。たとえば、みんなが知っているような作品を手がけるなど、キャリアの序盤で成功体験があったAR作品には多く携わりました。それでも、2014年に「ペンギンナビ」という作品がカンヌ国際広告祭で金獅子賞受賞をいただいたときに“やり切った”感覚もありましたし、ARのライセンスのあり方が変わったことや、映像の仕事が忙しくなっていったことで、ARの仕事からは徐々にフェードアウトしていきました。

(酒井)学生時代から活動が多岐にわたり、早い段階で仕事の人脈をつくれていたものの、卒業していきなりフリーランスになることに不安はありませんでしたか?

(中島)就活は一度もしませんでしたが、不安はなく楽しかったんです。在学中に積極的に外に出ていったこともあり、ムサビ生だけでなく一般大学の友だちもずいぶんできました。卒業後はそうした友だちが仕事をつないでくれるようになったり、学生時代につくったイベント集団で青森県の十和田市現代美術館でアートイベントを行ったりもしました。

いろいろやっていたそのころを振り返ってみると、いまは反対に落ち着きすぎている気がします。撮影の仕事をしていますが「カメラマン」といわれるとちょっと違和感がありますし、「自分は何者なんだろう」と悩んでいる時期が続いているかもしれません。

(酒井)ここからまたさらに活動の領域を広げていくことも考えますか?

(中島)広げたいと思っています。今日は13年ぶりにムサビに来て、玉川上水沿いを歩きながら「昔はハングリーなことを考えてたな」とか「もう一度なにかやりたいな」と立ち返るいい機会になりました。

質問2 映像制作に必要な機材はどのように揃えていきましたか?

(酒井)映像の機材は高価なイメージがありますが、商売道具として必要なものだと思います。どのように選んで買い揃えていったのでしょうか?

(中島)たしかに、映像の機材は高いんですよね。数千万円もするようなものもあります。ただ、仕事で使う機材はすべて自前ということではなく、レンタルがメイン。そのなかで毎回レンタルするような、使用頻度の高い機材を徐々に自分で買い揃えていきました。最近はカメラも特殊な機材も、比較的手が届きやすい価格になってきていると思います。

(酒井)機材は設備投資ということになりますが、どういう仕事をしたいかということを基準に買い揃えたほうがいいのでしょうか?

(中島)僕はそんなふうに戦略的に揃えていったわけではないのですが、たとえばドローンは2014年くらいに買いました。そのころはまだ珍しいものでしたし、法律がきちんと整備されていなかったので、おもしろがられていろんなところに呼んでもらいました。また、クレーンというカメラを吊って移動させる大型の機材も持っています。どちらも普通はあまり個人で買わないような機材ですが、そういうものを僕はいろいろ買っていたんです。そうすると、機材を持っているという理由で依頼がきたりする。機材が呼んでくれた仕事はかなり大きかったと思います。


学生時代の人脈が仕事につながり、フリーランスとしてキャリアを積み重ねていった中島さん。後編では映像業界の値付けやトラブル、これから先の映像業界への思いなどをお届けします。

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<講師プロフィール>
中島唱太/撮影監督(映像カメラマン)

1987年、東京生まれ。2010年、武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。在学中よりイベントや店頭での映像演出を手がける。卒業後、アートイベントの運営会社でインターンをしながらAR(拡張現実)の制作を始め、広告媒体へ向けた受注を開始。2014年、AR作品「ペンギンナビ」でカンヌ国際広告祭 金獅子賞受賞。2014年からドローンオペレーター、2015年頃より撮影監督としての活動を開始。CM、MV、映画等幅広く活動している。
http://shotanakajima.jp