学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。ゲスト講師は映像カメラマンとして数多くのCMやミュージックビデオなどを手がける中島唱太さんです。後編では映像業界の値付けやトラブル、これから先の映像業界への思いなどをお届けします。

●ゲスト講師 中島唱太さん(映像カメラマン)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問3 仕事の値付けはどのようにしていますか?

(酒井)映像制作の報酬はジャンルによっても撮影方法によっても相場が異なると思いますが、ギャランティの値付けはどうされていますか?

(中島)実は自分で金額を指定したことはほとんどないんです。いいことではありませんが、何度も一緒に仕事をしている相手だと、依頼されるときに金額を提示されることがなかったり、撮影が終わって請求する段階で初めて金額を知ったりということもあります。見積もりを求められるときも、だいたいの予算を教えてもらってそれに合わせることが多いです。ただ、暗黙のルールがあるのか、歳を重ねるごとに仕事の金額も自然とステップアップしてきたという感覚です。

(酒井)あまり潤沢な予算がない場合は、コストを抑えたうえでいいものがつくれるように工夫するということですか?

(中島)そうですね。いろいろな頑張り方があると思いますが、やはり最終的には自分のギャラを削ることになります。それでもやりたい仕事はやるつもりでいますし、基本的に僕はスケジュールが合えば断らないことをポリシーにしています。さらに言えば、こちらからお金を出して参加した作品もありました。それはいま思い返しても「やっておいてよかったな」と感じますし、自分にとっては投資なんです。

(酒井)映像の仕事にはさまざまな人との関わりがあると思いますが、人付き合いで気をつけていることはありますか?

(中島)僕にとって一番付き合いがあるのは映像制作会社です。制作会社や監督、プロデューサーとの関係性によっては、意見を言えないクリエイティブの現場もあるかもしれません。でもそれは作品の質を下げてしまうでしょうし、意見を言い合えるのが作品にとって一番いい環境だと思っています。僕はたぶん頼みにくいことを相談できる相手だと思ってもらえていて、そういうポジションでいられるのはありがたいことだと捉えています。

質問4 トラブルが生まれるのはどんなときですか?

(酒井)中島さんはこれまでに仕事でトラブルに遭ったことはありますか?

(中島)それがないんです。自分の悩みとは日々格闘していますが、仕事でトラブルに直面するということはない。業界的にはけっこういろいろなトラブルの話を聞きますが、本能的に避けているのかもしれませんし、もしくはポジティブなんでしょうか……。

美大生は「自分の作品がすごく好き」というところがあり、それがすごくいいと思っているんです。一方で仕事では、携わる作品がかならずしも好きな作風やスタイルであるとはかぎらない。そういうときに仕事相手からの要求が割に合わないと感じてしまうと、うまくいかないのかもしれません。自分がやりたいからやっていることであれば、ちょっと無茶振りをされたり面倒な人がいたりしても、僕は気にならない。つくりたい作品がつくれているので、同じようにいいものをつくりたいと思っている人とはトラブルにならないのかもしれません。

質問5 時間の使い方や健康管理などで気をつけていることはありますか?

(酒井)不規則な働き方というイメージのある映像業界ですが、中島さんが気をつけていることはありますか?

(中島)僕は大学を卒業してから成り行きで仕事をしてきましたが、働き方を変えたタイミングが一度だけあります。なにを変えたかというと、自分で編集をするのをやめました。映像作品は編集のウェイトがかなり大きくて、撮影して編集までやると、本当に夜寝られない生活になってしまう。ひとりで企画を立てるところから撮影、編集までしていた時期もありますが、純粋に身体がきつかったですね。その後自然とステップアップしたことで、編集はほかのスタッフに任せて撮影に専念できるようになりました。いまでもときどき頼まれて編集をすることもありますが、自分にとっては撮影の仕事が天職だと思っています。撮影したらもう抱えずに手を放すというのは、すごく気持ちいいです。この働き方に切り替えたというのは、かなりよかったと思っています。

(酒井)仕事のスタイルを変えることは怖くなかったですか?

(中島)怖さはなかったですね。実は、編集はちょっと苦手だったので、できれば誰かにやってもらいたいと思っていました(笑)。ちょうど編集をお願いできる仲間がいたので、僕が撮って彼が編集するというスタイルになり、チームでどんどん仕事を受けられるようになりました。

(酒井)それでも撮影自体の時間帯は不規則なのではないでしょうか。体調管理はどうしていますか?

(中島)おっしゃる通り、夜中集合の撮影などもあり不規則ですし、現場は体力勝負です。単純に重いものを持ち上げる筋力や、スタミナが必要です。日常生活では特に気をつけていることはないのですが、撮影するだけでも自然と筋肉がつくような生活にはなっていますね。反対に、オフの日はひたすらダラダラしています。

質問6 先のことを考えて不安になることはありますか?

(酒井)日々技術が進化し映像業界はどんどん変化していくと思いますが、テクノロジーの変化や若手の台頭などで、先のことを考えることはありますか?

(中島)最近割とそういうことを考えるようになりました。いただける仕事を受けて勢いでここまでやってきましたが、年に一度くらい、パタっと仕事がない時期があるんです。そのときにふと立ち止まって「あれ? これはもう廃業かな」と思う。この先ずっと定期的に仕事が来る保証がないというのは、フリーランスの一番のリスクだなと実感しています。とはいえ、そこで慌てて営業をするわけではなく、これまでのつながりで自ずとまた仕事がいただけたので、基本的にはそういう心配をせずここまでやってこられました。

ただ、やはり体力を使う仕事なので、いつまで続けられるかは少し心配ではありますね。それから、そろそろ法人として体制をつくり、個人のクリエイティビティだけに頼らないようにできたほうがいいんじゃないかというアドバイスをもらったりして、少しずつそういうことを考えるようになりました。

世代については本当に脅威に感じています。僕は若手のつもりでずっとやっていたけれど、もう中堅になってしまったんだなと。現場で若手の撮影部が最新の技法を使っているのを見ることがあり、純粋にすごいなと思います。時代はどんどん変わっていっている。自分もそっち側だと思ってやってきたので、少し寂しさを感じることもありますね。

(酒井)クリエイターというのは、いい作品をつくる、いい仕事をし続けることがなによりの営業材料になりますし、それでしか不安を解消できないところがありますよね。

(中島)クリエイターになるってそういうことなんだと思います。ただ、それゆえに僕は自分の仕事をビジネスの視点から俯瞰して考えることをやってこなかった。それはどうなんだろうとあらためて感じています。自分の作品がすごく好きで、その熱が伝わって次の仕事、また次の仕事というふうにつながりがもらえていたわけですが、だからこそ危ういなと。もう少しビジネスの視点を持ったほうがいいんじゃないかと思っているところです。

質問7 映像クリエイターで成功する人としない人の違いは?

(酒井)最後の質問です。中島さんの感覚として、映像クリエイターとして成功する人とそうでない人の違いはなんですか?

(中島)仕事というのは仕事ができる人にくるわけですが、その腕だけを買われるわけではないんです。先日観た舞台のセリフで「仕事はできる人にくるのではなく、気心知れた人にくる」というものがあり、とても考えさせられました。もちろんクリエイティブのスキルがあることは大前提ですが、気心が知れていると強い。仕事は人と人の関係性でつくられるので、やはり頼みやすい人に頼むんです。撮影が上手なカメラマンでも、仕事がくる人となかなかこない人がいる。なにが違うのかというと、仕事相手やスタッフとの距離感や関係性です。仕事をもらえるかどうかという視点で見ると、壁をつくらずオープンに振る舞うほうがいいですよね。

あとは“運”もあると思います。いい人と出会えるか。僕は学生時代から誰かのおかげで誰かと出会えたことでここまで仕事をしてこられたので、本当にそう思います。さらにいうと、美大生のつながりだけで閉じてしまわないほうがいい気がしています。僕の場合、社会に出て仕事をつないでくれるのは、どちらかというとムサビ生ではなく一般大学の友だちだったりするので、そういうつながりを学生のうちからたくさんつくっておくのがいいのではないでしょうか。


<講師プロフィール>
中島唱太/撮影監督(映像カメラマン)

1987年、東京生まれ。2010年、武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。在学中よりイベントや店頭での映像演出を手がける。卒業後、アートイベントの運営会社でインターンをしながらAR(拡張現実)の制作を始め、広告媒体へ向けた受注を開始。2014年、AR作品「ペンギンナビ」でカンヌ国際広告祭 金獅子賞受賞。2014年からドローンオペレーター、2015年頃より撮影監督としての活動を開始。CM、MV、映画等幅広く活動している。
http://shotanakajima.jp