学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。ゲスト講師はマネジメントやコーディネート、ネットワークづくりなど、アートを介してヒト・モノ・コトをつなげる“アートメディエーター”として活躍するTiarart.com代表の冠 那菜奈(かんむり・ななな)さん。自分の強みを仕事にし、アートメディエーターという職業をつくり出した冠さんに、働き方や仕事との出会い方などをお聞きしました。

●ゲスト講師 冠 那菜奈さん(アートメディエーター/Tiarart.com代表)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


自らつくり出した“アートメディエーター”という職業

酒井博基(以下、「酒井」)冠さんは、“アートメディエーター”という職業・ジャンルをご自身でつくってしまったという方で、その戦略がとても特徴的でフリーランスの姿勢として学ぶべきところがあると思います。まずはアートメディエーターという仕事と、冠さんのこれまでの背景について教えていただけますでしょうか。

冠 那菜奈さん(以下、「冠」)私は2011年にムサビの芸術文化学科を卒業しました。ちょうど東日本大震災の直後です。在学中からアートプロジェクトに関わっていたこともあり、就職せずにそのままフリーランスとして、自分自身がメディアになって、ヒト・モノ・コトをつなげていく仕事をしています。

私が子どもの頃は、バブルが崩壊し社会があまり元気ではなかった時代でしたが、私はアートや音楽や舞台を見たりするのが好きで、そういうことは人が生きていくのに必要なのではないかと子どもながらに考えていました。その後、浪人時代に美術の世界に触れる機会があり、アーティストやいろいろな大人たちがのびのびと楽しそうにしているところを見て、自分がそこに関わって社会にインパクトを与えていけるような場をつくりたいと思いました。

もともと私は本を読むよりも実践で学ぶタイプなので、大学ではさまざまなアートプロジェクトに関わったり、お手伝いをさせてもらったりしていました。そのようななかで“メディエーター”という言葉と出会いました。医療や化学、生物などの分野で使われる言葉で、性質の違うものや状態をつなぎ合わせてより良い状態をつくる媒介者を指します。私はアートにおけるメディエーターになりたいと思ったので、大学を卒業する頃からアートメディエーターと名乗るようになりました。

引き受ける仕事は本当に多岐にわたるのですが、アートを介して企業や行政、市民、メディアなどさまざまな人たちをつなげています。業務としては、マネジメントやコーディネート、ネットワークづくり、プロジェクトの企画運営や進行管理などがあります。そのなかには資金の獲得や会計経理、広報などの仕事もありますし、終了したプロジェクトの検証評価なども大事な仕事です。アーティストは作品などの成果物が見える仕事ですが、私たちは見えないところに価値をつくり、人々のより良い状態をつくっています。

質問1 自分の得意分野をどのようにアピールして信頼につなげていますか?

(酒井)一般的にはアートにどういう役割があるのかを伝えるのもなかなか難しいことですが、それを仕事にしていくには自分の得意分野をアピールしたり、信頼を獲得したりしていくことが必要だと思います。大学卒業後すぐにフリーランスになり、実績がないなかでどうやって仕事につなげていったのでしょうか?

(冠)もともと私はつくる側ではなく、作品やアーティストを多くの人に紹介する側になりたいということがはっきりしていました。自分にとってなにかをつくることは不得意分野だと思っていたので、逆に得意分野が見えやすかったですし、ほかの人にも伝えやすかったというのは学生の頃からあったと思います。当時の芸術文化学科は、同じムサビの人からも「なにしてる学科なの?」と言われることが多く、それに対して自分はどう答えようかというのを日々考えさせられていました。今となってはその問答を繰り返すのはいい訓練になっていたなと感じています。誰かになにかを聞かれたときに、ちゃんと伝わるように答えようとするコミュニケーションの積み重ねが、信頼につながっていったのではないかと思っています。

(酒井)自分ができないことをわかっているからこそ、それが得意な人との出会いに感謝できますし、自分ができないことを、できる人やテクノロジーに委ねられるようになるのかもしれませんね。冠さんはアートメディエーターという肩書をつくり出しましたが、人とのコミュニケーションに対して戦略的に考えてきたのでしょうか。

(冠)初めましての方とお話しするときに、その数分間で私を覚えてもらいたい、せっかくなら記憶に残りたいと思っていました。「なにしてる人?」というところから会話のキャッチボールをしたかったので、学生時代からあえてアートメディエーターと名乗り、いろんな種類の名刺をつくって、渡すときに相手に選んでもらっていました。もともと人が好きということもあり、ちょっとしたコミュニケーションの時間を大切にするというのは意識していたと思います。

質問2 仕事をとるコツってありますか? どのような流れで仕事に発展していくのですか?

(酒井)冠さんのような特殊な職業は、人との出会いからどうやって仕事に発展していくのでしょうか。出会った方とビジネスパートナーになるためのきっかけのつくり方を教えてください。

(冠)やはり記憶に残るかどうかはすごく大事だと思います。私自身も本当にたくさんのアーティストや作品と出会うなかで、記憶に残る人や作品があり、なにかの機会に連絡をして展示をしてもらいたいと思うんです。同じように、なにかのアートプロジェクトが動き出すときに「とりあえず冠さんに連絡してみよう」と思ってもらえるような関係性をつくっておきたいというのがあります。

これまでの仕事では、私のSNSの投稿を見て相談してくれる人がいたり、知り合いからの紹介もありますし、相談を受けて私が誰かを紹介したりもします。そういう人との関わり合いの積み重ねが仕事につながっていきますね。私は仕事と休みを分けないことをモットーにしていて、どちらのシチュエーションでも人との出会いやコミュニケーションは自分の中に蓄積しておくように意識しています。プライベートでなにかを見に行ったり遊びに行ったりしたときの出会いも、いつか仕事につながるかもしれないと思っています。

(酒井)自分を記憶してもらう、思い出してもらうところで、先ほど名刺の話が出ましたが、今日いただいた冠さんの名刺もすごく特徴的でした。冠さんに限らず、フリーランスの方は名刺交換からいろいろ仕掛けているなという印象があります。

(冠)そうですね。おもしろい名刺は話のきっかけづくりになりますし、アーティストであれば、ご自身がなにを表現しているのかが端的に伝わるものがあるといいかもしれません。それで数分でも話ができると記憶に残りやすいですよね。

(酒井)そうやってきっかけづくりをして、なにかの折に思い出してもらう。また、最初に相談がくるというのが大きなポイントのひとつかと思います。

(冠)私はマネジメントやコーディネートなどで、プロジェクトにまつわるあらゆる部分を司るので、“なんでも屋”のようなところがあります。案件によって求められる役割も違い、プロジェクトマネージャーとして呼ばれることもあれば、広報を相談されることも。その内容によって自分で引き受けることもあれば、より適した人を紹介することもあります。その一つひとつが実績として積み重なっていろいろなネットワークがあるからこそ、「まずは相談してみよう」と思ってもらえるのかなと思います。

自分の得意分野を人に伝え仕事に発展させるため、冠さんが日頃から意識している出会いやコミュニケーションについてお聞きしました。後編では仕事の値付けの考え方やトラブルのこと、冠さんの仕事の肝でもある情報収集などについてお届けします。

> 後編を読む


<講師プロフィール>
冠 那菜奈/アートメディエーター

1987年生まれ。武蔵野美術大学芸術文化学科芸術文化プロデュースコース卒業。大学内外でアートマネジメントを勉強しながらさまざまなアートプロジェクトに関わる。自分自身がメディア(媒介)となって、魅力的な人をつなぎ、情報を伝えていくことを目指す。それぞれのニーズに合わせて企画やコーディネート、マネジメント、広報・PR、司会、ライティングなどを担当。近年の主な活動・企画として寺田倉庫アート事業コーディネート、東京芸術祭広報チーフ、PROJECT ATAMIプログラムディレクターなどがある。
http://www.tiarart.com