学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に”7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師は、ムサビの油絵学科版画専攻(現・グラフィックアーツ専攻)を卒業、そして大学院美術専攻版画コース(現・グラフィックアーツコース)を修了し、現在は銅版画家として活動する村上早さんです。
幼少期のトラウマや記憶をモチーフにした大型の銅版画で注目を集め、東京国立近代美術館など複数のパブリックコレクションに作品が収蔵されています。後編では、作家としてのキャリアの積み方や、村上さんが10年間の活動のなかで体当たりで学んできた、より具体的な話をお届けします。

●ゲスト講師 村上早(銅版画家)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問3 卒業後、制作場所の確保でどのような苦労がありましたか?

酒井博基(以下、「酒井」)卒業後、制作場所の確保ではどのような苦労がありましたか?

村上早(以下、「村上」)大きな版画を刷るには大型のプレス機が必要なので、卒業後の制作環境をどう確保するのか、ずっと気がかりでした。共用の貸し工房も2カ所ほど見学に行ったのですが、通うには遠すぎたり、人に気を遣わなければいけない点も気になりました。学生時代から、周りにかなり迷惑をかけてしまう作品のつくり方をするほうだったし、そこに気を遣っていると制作に支障が出てしまうかもしれないと思ったんです。

卒業後は地元の群馬に帰ることを決めていたので、それならば「地元にアトリエを建ててしまおう」と決めました。大学院に入った時点で親を説得して、銀行にお金を借りてアトリエを建てました。いまもそのローンを払い続けています。

(酒井)どうやって融資を受けることができたのですか?

(村上)作家がお金を借りるのは本当に難しくて、「ちゃんとした仕事についていないんですか」という目で見られてしまうんです。公募展で受賞歴があっても、金融機関の方にとっては、「美術界のなかだけの話」と受け取られるので、なかなか信用につながりません。さらに、当時は学生だったので、両親に連帯保証人になってもらうしかありませんでした。

両親を説得するために、大学院に入った直後から公募展に片っ端から出品していました。幸い、連続で賞をいただいたので、それを説得の材料にしました。先生や先輩からも「頼れる親がいる間はギリギリまでスネをかじれ」と言われました(笑)。それを恥ずかしいと思っていた時期もあったのですが、絵を描くことを最優先に考えたら、そんなことは言っていられないと。開き直って、周りの人に頼るようにしました。

質問4 美術館での展示はどのように決まるのですか?

(酒井)美術館での展示は、どのように決まるのですか?

(村上)私の場合は基本的に、どこかで私の絵を見て気に入ってくださった学芸員さんや館長さんから「うちでやりませんか」と声をかけていただく形です。初めての美術館での個展は、「第6回山本鼎版画大賞展」という公募展で大賞をいただいたときに、副賞として個展の機会をいただいたことがきっかけでした。そのときに出会った学芸員さんがすごく熱心な方で、「やるなら全力でやりましょう」と言ってくださったんです。本来は翌年に開催という副賞だったのですが、「3年待ってください、その間にたくさん作品をつくります」とお願いして、3年後に長野県の上田市立美術館で個展を開かせていただきました。

2019年、上田市立美術館で開催した「村上早展」

(酒井)公募展に積極的に出品することが、そうした出会いにつながったんですね。

(村上)公募展に出す意味は、略歴を厚くすることだけじゃないと思います。審査員や画廊関係者、学芸員の方たちに顔を知ってもらう場でもある。いますごくお世話になっているコバヤシ画廊との出会いも、そういったきっかけでした。名刺をたくさん交換するとかではなく、「私はこういう作品をつくっている若手です」ということを作品を通してアピールすることで、「今度ここで展示してくれませんか」というお話をいただけるようになりました。

「村上早展」の会場に立つ村上さん

質問5 20代という若さで美術館での展覧会を実施されていますが、作家としてのキャリアの積み方、ステップアップの仕方についてどのようにお考えですか?

(酒井)作家としてのキャリアの積み方、ステップアップの仕方について、どのようにお考えですか?

(村上)これが正解というものはないと思うのですが、私が意識していたのは、公募展に出すときは必ず最大サイズで出すことです。大きい絵はそれだけで視覚的なインパクトがあるので、目に留めてもらいやすい。あとは、版画の公募展だけでなく、あえて絵画や平面の公募展にも出品していました。版画は狭い世界なので、「版画」というくくりで作品を見てもらうより、「絵画」として作品を認識してもらうことで、見てもらう機会も増え、そのぶん印象に残りやすいんです。指導教員にも「版画を辞めないほうがいい」と言われていました。当時はその意味がよくわからなかったのですが、いまになって腑に落ちています。

「村上早展」より《いぬがたのきず》2019年

(酒井)若手であることは、ひとつの武器になるのでしょうか。

(村上)若手という立ち位置はすごく有利だと思います。若手作家だけを取り上げる雑誌の特集や展示への声がかかりやすいですし、応援してくださる方やお金を出してくださる方も、勢いのある若手には関心を向けてくれやすいと感じます。

(酒井)一方で、キャリアを積むなかで変化したことはありますか?

(村上)見る側がどう感じるかということを、以前よりも意識するようになりました。自分が描きたい絵を描くのは変わらないのですが、画廊から「もっと売れやすいモチーフを入れて」とか「大きい作品より1mくらいのものを」と言われることもあります。10年やっていても「明日仕事がなくなるかも」という不安は消えないので、売れることも頭の隅に置いておかなければならない。でも自分の軸だけは絶対にブレないようにしています。

2020年に開催されたコバヤシ画廊での個展

質問6 これから作家活動を始める学生が、知っておいたほうがいい、早くから始めたほうがいいことってありますか?

(酒井)これから作家活動を始める学生が、知っておいたほうがいい、早くから始めたほうがいいことはありますか?

(村上)大学にいる間に、なるべくたくさん作品をつくることです。卒業すると、本当につくることが難しくなります。あとは、描くスピードが速いことは作家として大きな武器になります。求められたときにすぐ出せるというのは、想像以上に強みになります。

(酒井)展示の経験を積むという点ではどうでしょうか?

(村上)在学中に、貸し画廊から「展示しませんか」と声をかけてもらうことがあると思うのですが、あまり引き受けすぎなくていいと思います。なかには学生からかなりの費用を取るところもあり、そのお金があるなら画材を買ったほうがいい。それよりも、友達と場所を探してグループ展を企画するような経験のほうが、ずっと実になると思います。

(酒井)制作以外で意識しておくべきことはありますか?

(村上)自分がいまなにを考えているか、どんな気持ちで絵を描いているかを、とにかく文章として書き出しておくことをおすすめします。私は学生時代のスケッチブックに、気持ちや考えを全部書き留めていました。いまでもそこから過去の自分の状態を読み取って、モチーフを引き出すことがあります。自己分析がいまの制作に直結しているんです。

それから、いま感じている苦しさや悩みを、大事にしてほしいと思います。30歳を過ぎたときに、自分の精神がガラッと変わったと感じた瞬間があって、「もう20代のころの絵が描けない」とショックを受けたんです。いろんな人に話すと、みんな共感してくれるので、きっと誰にでも訪れることだと思います。いましか感じられない苦しみや感受性が、必ず自分の作品の核になっていくので、もしいまつらい方にも、その気持ちを大事にしてほしいです。

2022年、休館中の横浜美術館の仮囲いを活用して若手アーティストの作品を紹介する「New Artist Picks: Wall Project」が開催。その第1弾として村上さんが選出された

質問7 10年後、20年後のことを考えることはありますか?

(酒井)10年後、20年後のことを考えることはありますか?

(村上)壮大な目標を語れればいいのですが、正直なところ、「版画を続けていられますように」というのが一番の願いです。紙やインクの値段は年々上がっていて、使用している銅板の値段もこの数年で5倍近くになってしまいました。でも作品の価格は簡単には上げられず、画廊さんのタイミングで3、4年に一度上がるくらいです。芸術というものが失われてしまうんじゃないかと思うくらい、厳しい現実があります。10年後も20年後も、自分が版画をつくり続けられている。それだけで十分じゃないかという気持ちでいまは制作しています。


<講師プロフィール>
村上早/銅版画家

1992年群馬県生まれ。2014年武蔵野美術大学油絵学科版画専攻卒業、2016年同大学院造形研究科修士課程美術専攻版画コース修了。幼少期のトラウマや記憶をモチーフに、物語性を絡めた150センチ超の大型銅版画を制作。顔を描かない人物表現や、人間と動物を平等な存在として画面に置く独自のスタイルで知られる。主な個展に、「gone girl 村上早展」(上田市立美術館・2019)、「New Artist Picks: Wall Project 村上早|Stray child」(横浜美術館・2022)、「村上早展」(コバヤシ画廊・2016〜毎年開催)など。2015年「FACE2015損保ジャパン日本興亜美術賞展」優秀賞、「第6回山本鼎版画大賞展」大賞受賞。作品は東京国立近代美術館、町田市立国際版画美術館、平塚市美術館などに収蔵されている。