学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回のゲスト講師はアーティストの神楽岡久美さん。前編では進路選択に就職を選んだ理由や活動環境の重要性などについてお話を聞きました。後編では、気になる活動資金の話や理想のアーティスト像などについてお聞きしています。

●ゲスト講師 神楽岡久美(アーティスト)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

> 前編を読む


質問4 アーティストにとって、賞を受賞することは活動にどのように影響しますか?

酒井博基(以下、「酒井」)神楽岡さんはアートフェスティバル「SICF16(第16回スパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル)」にてグランプリを受賞されています。アーティストにとって、賞を受賞することは作家活動にどのような影響を及ぼすと考えますか?

神楽岡さん(以下、「神楽岡」)もともと私は、“アーティストとしてどのように生きていけばいいのかわからない”という状態、いわばゼロベースで創作活動を始めたわけですが、「SICF16」を受賞したことで、アーティストとしての道が拓けました。その意味で、少なくとも私にとって賞を受賞することは非常に良い影響があったと思います。

(酒井)「SICF16」グランプリ受賞により、どのような好影響があったのでしょうか。

(神楽岡)まず人脈が増えました。「SICF」は、次代を担うクリエイターの発掘・育成・支援を目的として開催されているアートフェスティバルです。書類審査を通過した作品は、会場に作品が展示がされた状態で、審査員による本審査が行われます。会場には審査委員だけでなく、ギャラリストや画廊のキュレーターなども足を運んでくれるため、さまざまな関係者に自分の作品をアピールできるし、彼ら・彼女らと話すことで人脈を築けるんです。実際に私もそうして画廊のキュレーターとつながったことをきっかけに、アート作品を購入しているアートコレクターの方とつながり、さらにそのアートコレクターの方がよく作品を買うギャラリーの関係者の方ともつながって、そのギャラリーの企画展に作品を出品する機会をいただきました。

(酒井)作品を見たキュレーターさんを起点に、企画展の開催にまでたどり着けたんですね。

(神楽岡)そうなんです。そのほか、「SICF」ではグランプリ受賞者や出展者のデータが毎年記録されていて、そのデータベースを参照した企業やギャラリストからお仕事をいただくケースも珍しくありません。「SICF」のお話ばかりになってしまいましたが、賞を受賞することで仕事や人脈の幅が広がるチャンスが生まれることは間違いないと思います。

質問5 アーティストとして活動していくうえで、活動資金はどうしていますか?

(酒井)これは学生さんも気になる質問だと思いますが、アーティストとして活動していくうえで、制作費やプロジェクト費などの資金はどのように確保していますか?

(神楽岡)私は「作品の売却」「副業」「助成金」の3つの柱で活動資金(生活費含む)を工面しています。
まず「作品の売却」については、ほかのアーティストの方と同じように、私の作品を気に入ってくださった方へ作品を売って得たお金を活動資金に充てています。

ただ、たとえば画廊で作品が売れた場合、画廊とアーティストの取り分は5:5。つまり、半々です。作品の売却だけでアーティスト活動をしていければベストなのですが、私のようにひとつの作品を制作するのに数百万円ものお金がかかるアーティストにとっては、画廊での作品売却だけで活動資金をまかなうのは厳しいのが現実です。なので私は、副業としてアルバイトもやっています。

(酒井)ぜひふたつ目の柱である「副業」についても教えてください。

(神楽岡)副業では、大学のゲスト講師、助手や専門学校の講師、ギャラリースタッフ、トークショーへの出演やコラム執筆などの仕事をしてきました。会社を辞めてアーティストになりたてのころは、自分の生活がままならないくらい創作活動にお金をかけてしまっていたので、その不足分をカバーするために週5〜6日のペースで副業をしていました。

ただ、それだけたくさん副業をしていると「アーティスト活動をしたいのに、副業ばかりしている私は一体何者なんだ」と感じ始めるわけですね。そう感じてからは副業の時間を減らしていき、作品の売却だけで生活することを目指すようにしました。いまは週1~2日ペースで副業をしつつ、創作活動に充てる時間を確保しています。

(酒井)ちなみに副業先には、アーティスト活動をしていることを伝えていますか?

(神楽岡)伝えています。面接時に「自分はアーティストをやっています。アーティストの仕事を本職としているため副業として勤めさせてほしい。」とはじめから伝えるようにしていますね。そんな私の意向を汲んでくれて、アーティスト活動を応援してくれるような場所に絞って副業先を選んでいます。

(酒井)最後の3つ目の柱である「助成金」についてお聞かせください。

(神楽岡)アーティスト支援のための助成金を支給する団体の審査を通れば、その助成金を活動資金に充てることができます。文化庁(新進芸術家海外研修制度)や野村財団、ポーラ美術振興財団など、日本にはアーティストに助成金を支給する団体がいくつもあります。ひとつ例を挙げると、アイスタイル芸術スポーツ振興財団では、駆け出しのアーティストを対象に1件あたり100万円まで活動費を助成してくれます。

(酒井)さまざまな団体からの助成金を活用して、活動資金に充てているわけですね。ただ、全員が全員、毎回審査に通って助成金をもらえるわけではないですよね?

(神楽岡)おっしゃる通りです。助成制度の倍率は非常に高く、審査に通らなければ当然ながら助成金は支給されません。多くのアーティストはさまざまな団体に助成金を申し込んでいますが、その倍率の高さから、みんな「通ったらラッキー」くらいの感覚だと思います。前編で私は「1年間NYで創作活動をしていた」とお話しましたが、当時の貯金だけではNYで生活ができないと判断したため、団体からの助成金もNYでの活動資金に使わせていただきました。

質問6 アーティストとして生きていくうえで、譲れない価値観はなんですか?

(酒井)神楽岡さんは2015年からアーティスト活動を始め、もうすぐ10周年を迎えます。ムサビ時代の創作活動も含めると、活動歴はもっと長くなると思います。そんな神楽岡さんが考える、アーティストとして生きていくうえで譲れない価値観はなんでしょうか。

(神楽岡)アーティスト活動は自分ひとりでやっている活動のように見えて、実は作品を共に制作する制作仲間や、作品を購入するコレクターさんや応援してくれる芸術に携わる関係者の方たちなど、たくさんの人に支えられてできている活動でもあります。その意味で“関わる人を大事にしたい”という価値観をまずは土台に置きたいと考えています。

(酒井)一見、個人競技にも見えるアーティストですが、実はたくさんの人たちに支えられているんですね。

(神楽岡)その通りです。“人を大事にする”という考えを土台として、そのうえで、周りの価値観や評判を気にしすぎずに、自身の経験と感覚にしたがって創作していきたいとも考えています。そんなマインドで、アーティスト活動を軽やかに楽しむことも忘れないでいたいと思います。

質問7 理想のアーティストのかたちとは?

(酒井)「人を大事にしつつ、自分も楽しむ」。そんな価値観を大事にする神楽岡さんにとって、理想のアーティストのかたちとはなんでしょうか。

(神楽岡)シンプルに「続けられるアーティスト」が私の理想です。アーティスト活動は誰かに頼まれてやっていることではないので、やめようと思えばいつでもやめることはできます。ただ、私のリスペクトするアーティストたちは、年齢・性別・国・バックグランドなどの壁を全部はねのけて、生涯現役でアーティストとして活躍している人が少なくありません。私はその姿勢・生き様がかっこいいなと思うんです。

(酒井)「アーティストの続け方」もいろいろですよね。たとえば、作風をマイナーチェンジしながら続ける方法や、これまで積み上げてきたものを一度全否定したうえで、新たなテーマの下で続ける方法など「続け方」にも目を向ける必要がありそうです。

(神楽岡)その通りですね。現に私のリスペクトしているアーティストのなかには、途中で作風がガラリと変わった人も珍しくありません。たとえば、20世紀のアメリカの代表的な画家であるマーク・ロスコ氏は抽象的な絵画作品で有名ですが、実は初期のころは「これがあのロスコの絵!?」と感じるほど、具象的な絵を描いています。

繰り返しになりますが、作風を変え、表現を続けているアーティストはたくさんいて、変化を受け入れながら制作を続けています。そのことに私自身も「作風やテーマをガラリと変えても良いし、それで良いのだ」と勇気づけられました。彼らのように、できれば生涯アーティストとして活動していきたいと思っています。


<講師プロフィール>
神楽岡久美/アーティスト

東京都出身。2012年武蔵野美術大学大学院 造形研究科デザイン専攻空間演出デザインコース修了。卒業後、玩具企画デザイン会社・株式会社レイアップ商品企画部に入社する。2014年に同社で玩具・雑貨の企画、デザイン、展示空間ディレクターを経験したあと、退職。2015年より作家として活動を始める。主なシリーズ作品に「美的身体のメタモルフォーゼ」がある。
http://www.kumi-kaguraoka.com/