ムサビから大学院へ進学した卒業生に、進学を考えたきっかけや情報収集の方法、進学後の暮らしについてなど、幅広く伺いました。ムサビでの学びは、大学院での研究にどのようにつながっているのでしょうか? 進学を考えている人はぜひ参考にしてみてください。

<卒業生データ>
大磯日向子
2023年 芸術文化学科卒
進学先:
京都大学 大学院 修士課程 人間・環境学研究科人間・環境学専攻芸術文化講座


――現在、京都大学大学院で取り組んでいる研究テーマについて教えてください。

大磯日向子さん(以下、大磯):芸文の卒業論文では、1960〜70年代にアメリカやフランス日本で起こった前衛芸術運動と社会運動の関わりについて書いたんです。現在はその時代のパフォーマンスアーティストのひとりであるマリーナ・アブラモヴィッチについて取り上げようと、修士論文の計画を立てています。彼女の作品のなかでも、他人のパフォーマンスを再現するというパフォーマンスに着目し、一回的なパフォーマンス作品を再現をすることがどのような意味を持つのかを考察しようと思っています。

――就職ではなく進学しようと考えたのはいつごろからですか。

大磯:両親とも修士号を持っているので、高校生のころからなんとなく、自分もすぐ就職するのではなく修士課程までは進むのだろうと思っていました。

ムサビ生時代の私は、現代美術のなかでも特にコンセプチュアルな社会問題や政治的な問題について触れているような作品に興味を持っており、将来はそれに関わるような仕事がしたいという気持ちがありました。それにはまず、作品の前提や主題となっている社会的事柄や歴史、文化、思想などについて理解することが必要です。でも当時は作品制作に力を入れていたため、そういった知識がほとんどありませんでした。だから勉強する時間がほしいと考え、進学を決めたんです。ただ、4年生のはじめごろまでは明確な分野を絞りきれていませんでした。

学部4年生のときに制作した《Fake Nostalgia》。「ノスタルジー」をテーマに、記号的な“懐かしさ”と個人の経験からくる“懐かしさ”のあいだをインスタレーション作品として表現した

大磯:京大大学院に進学したいと考えたのは、一冊の本がきっかけでした。当時、本屋さんでアルバイトをしていて、芸術書のコーナーを担当していたんですが、そのときに現在所属している京都大学の武田宙也先生が翻訳されたニコラ・ブリオーの『ラディカント』という本と出会ったんです。最近の現代芸術が観客とアーティストや観客同士の関係性を重要視するという内容に興味を持ち、また自分の関心領域にも近いように感じました。また武田先生の研究対象であるミシェル・フーコーをはじめ、私がもっと勉強が必要だと感じていた西洋の思想についても学べそうだと感じて、武田先生のもとで現代の芸術理論をもっと勉強したいと思い、京大大学院への進学を決めました。

――進学のためにどのような準備をしましたか。

大磯:志望する研究室を出ている方の博士論文を調べたり、実際に京大まで足を運んで過去問をもらってきたりしました。それから、学科試験の対策として、大学院入試専門の予備校の先生に過去問の解答を添削してもらったりもしましたね。

――直接足を運ぶのは、その大学院を目指す人にとっては当たり前のことなのでしょうか。

大磯:試験前や入学前に先生と面識があったほうがいいかどうかは、研究室やその先生によると思います。私の場合は研究室のオンライン説明会で「先生の普段のゼミや授業に参加しておいたほうがいいですか」という質問に対し、先生が「参加したかどうかは選考で加味しないので、どちらでもいいです」という旨の返答をされていたので、あらかじめゼミに参加したりはしていません。

でも、なかには事前に学生の興味や知識量を知りたいという先生もいます。事前面談を行う条件のある先生だったら、アポを取って直接会いに行き、自分が研究したいことを伝えたうえで試験を受けることが重要です。

ただ、たとえ行かずに済む場合でも、大学周辺やキャンパスの雰囲気を見られるのはメリットがあると思いますね。試験当日のことを考えて、駅からの行き方も知っておいた方が安心ですから、事前に脚を運ぶことをおすすめします。

――進学の準備期間でつらかったことはありますか。

大磯:けっこうあります。ムサビでの卒論の内容と当時大学院で研究したいと思っていたことでは研究対象に違いがあったので、卒論を書きながら試験や面接のための勉強をしなければならなかったときはしんどかったですね。「このまま両方やっていたら両方ともお粗末な結果になるかもしれない」と、1年浪人しようかなと思ったくらいでした。

――大学院に進学してから苦労したことはありますか。

大磯:ムサビの研究室とはまったく違う環境で、なじむまでが大変でした。京大は、ムサビ時代にあまり経験しなかったような研究室内での先輩との関係性や飲み会文化など、独特なカルチャーがあると思います。ムサビ時代には実家暮らしでかつコロナでオンライン授業も多かったので、京都に引っ越して半年間ほどは生活が安定するのに時間がかかりましたが、いまはずいぶん慣れてきました。

大磯さんが撮った京都大学周辺の風景。左:京都大学の隣にある知恩寺で行われる古本市 右:京大生がよくお花見や新入生歓迎会などを行う“鴨川デルタ”

――いま、「この道に進んで正解だった」という感覚はありますか。

大磯:いろんな意味で世界が広がったと思いますし、テクニカルな面でも、文章を書くことや文章を読解するスキル、自分の考えを論理的に言語化する能力が日々鍛えられていると思います。
なかでも一番よかったなと思うのは、京都の環境のすばらしさです。京都は歴史深い街ですし、現代的な芸術もある。芸術系の大学もいっぱいあって、いろんな文化が混在しているので、芸術文化と触れ合える場所が多くあります。

――美大から一般大学の大学院に進まれたわけですが、美大生でよかったと思うところはありますか。

大磯:美大以外から来た人に「自分で作品をつくったことがないのに、作品論を語るのは解像度が粗くなるんじゃないか」と相談されたことや、「実際に作品を制作していた人としてはどう思う?」と意見を求められたことがあります。アート作品の制作経験がなく、理論だけを学んでいる人からすれば、そういう部分が気になるのかと気づきました。自分が実際に作品をつくったことがあるとか、ものづくりに携わる知り合いが多いことは理論を学ぶうえでもさまざまな場面で助けになってくれると思います。そういった点では理論と実践が結びついている美大生でよかったと感じています。

――今後の目標や、やってみたいことがあればぜひ教えてください。

大磯:目下の目標としては、やはり修士論文をちゃんと書き終えることでしょうか。修了後は一度就職し、その後また博士課程で大学に戻ってきたいなと考えています。いろいろ社会経験を積みつつ、自分の研究対象を見つけて、今度は海外の大学院進学も視野に入れて考えたいですね。

――学びへの探究心がすごいですね。それでも、一度就職しようと思っているのはどういう理由があるのでしょうか。

大磯:自分の性格的に、ひとつのことを長く続けられるタイプではないからという理由もあります。それから、大学院は毎日顔をあわせるメンバーが決まっている環境でもあるので、社会に出ていろいろな人とかかわったり、刺激をもらったりしたいんですよね。ほんとうは、ひとりで黙々と研究に向き合っているよりは、いろんな人と話しながらものごとを進めるほうが好きなんです。論文執筆はひとりでの作業が多いですが、2年という区切りが見えているからこそ頑張れている部分もあります。自分自身でうまく区切りをつけながら、今後もさまざまなことを学んでいきたいです。