ムサビを卒業したあと、海外の教育機関に留学した人へのインタビュー。留学を決めた理由や情報収集の仕方、苦労したことなどを語ってもらいました。入学までの準備や現地での学びや暮らしについて聞くと、日本とは異なる独特の文化も。イメージしづらいことも多い海外留学の実情に迫ります。
<卒業生データ>
小和田瑞佳
2019年 工芸工業デザイン学科卒
留学先:
デザインアカデミー アイントホーフェン デザイン学部 Studio Technogeographiesコース
——小和田さんは、ムサビ在学中にフィンランドのアールト大学への留学を経験。そしてムサビを卒業した2019年の9月に、今度はオランダのデザインアカデミー アイントホーフェン(Design Academy Eindhoven、以下「DAE」)に留学しています。国内で就職するのではなく再び海外へ渡ろうと決めていたのでしょうか?
小和田瑞佳さん(以下、小和田):最初のフィンランドへは、3年生のときにムサビの交換留学制度を利用して1年間留学しました。また留学するには奨学金が必要だったのですが、卒業してから一定期間が過ぎてしまうと奨学金が適用されないということもあり、思い切ってトライしたんです。ダメだったら就職してお金を貯めようと考えていたので、すぐに留学できたのはラッキーだったと思っています。
——2度目の留学先をオランダにしたのはフィンランドのアールト大学の教授の勧めがあったそうですが、ご自身としてもオランダのデザイン文化が気になっていたのでしょうか?
小和田:そうですね。まずフィンランド留学からムサビに戻った頃に、リサーチデザインが面白いということに気がついたんです。アールト大学でお世話になった、オランダにルーツを持つ教授が勧めてくださったオランダのデザインについて調べていくうちに、1990年代に生まれたデザインムーブメント「ドローグ・デザイン」など、純粋にデザイン性を追求して美しいものを見せるというだけでなく、リサーチし考えるところに重点を置くスタイルにすごく惹かれていきました。
——2つの国に留学し、それぞれの国の学び方などで違いは感じましたか?
小和田:フィンランドはマリメッコやイッタラ、アラビアなどに代表されるように、戦後につくられた工芸の文化をすごく大事にしています。そういう手仕事の文化が日本に近いこともあり、学生時代は溶け込みやすかったです。一方でオランダは、もう少し社会的なところに目を向けたデザインが多い。なにかをつくるには、やっぱりまずリサーチなんです。論文を読んだり社会的な背景をリサーチしたりというプロセスが常に最初にありました。そしてリサーチした社会的背景や課題をいかに自分のデザインに反映させるかということを、みんなすごく考えていました。それがいちばんの違いだったと思います。
——DAEでの学びで興味深かったことを教えてください。
小和田:私はリサーチが主軸のコースを選択していたのですが、なにかをつくる授業では95%がリサーチで、残りの5%が実際にものをつくる期間として設定されていました。ひとつのコースが3カ月くらいだとすると、締切の2週間前までずっとリサーチをしているイメージです。リサーチの期間は、たとえば素材について本を読んだり論文を読んだり、ニュースの記事を調べたりしながら、どういう構成にしていくかを教授と一緒に綿密に考えます。そのプロセスがムサビでの学びとの大きなギャップで、難しかったけれど経験できてよかったなと思える点です。木という素材であれば、どこで育ち、どう伐採され、どういう人がどういう手段で持ってきたのかという、産業の過程や小さな歴史をとても大事に考えるようになりました。デザインを通して、社会の構造や人の関係性を捉える視点が身についたと感じています。


——教授の教え方も日本とはかなり違いましたか?
小和田:私が教わった教授のほとんどは、1から教えるというよりも、学生が自主的にリサーチして制作したものにフィードバックするというスタイルでした。自分で調べればわかるようなことは教えてくれません。実際に、なにか質問したときに「YouTubeに載ってるよ」と言われたことがあります(笑)。自分から動いて調べ、意見を持つ姿勢が求められます。グループワークでは、自分の考えを明確に伝える力も大切です。
——留学中にアムステルダムでインターンも経験したそうですね。
小和田:ヨーロッパの大学では、インターンがプログラムのひとつとして組み込まれているんです。私はブランディングやコンサルディングをする広告代理店のような企業にポートフォリオを出して、インターンとして半年間働かせていただきました。これは日本と大きく違うところですが、オランダには新卒採用という考え方がありません。求人のほとんどが1、2年以上の経験者が対象なので、キャリア形成の最初のステップとして、学生のインターン制度が大事にされているなと感じました。
——留学準備の段階で、留学先の情報はどのように集めていましたか?
小和田:アールト大学もDAEも、ムサビの先輩などで実際に留学を経験した方にコンタクトを取って話を聞いたり、現地に行って大学を案内していただいたりしました。インターネットには一般的な情報しかありません。特にDAEは割と実験的な大学で、プログラムの変更や教授の入れ替えが毎年あるので、何年か前の記事を見つけても情報が古いことが多かったです。
——やはりインターネットの情報だけでなく、実際に知っている人に聞くというのは大事なんですね。
小和田:とても大事ですね。知り合いがいなければ、行きたい大学に直接コンタクトを取ってもいいと思います。私は先輩に具体的に授業や教授の話を聞いてとても参考になりましたし、先方の大学に志望理由を聞かれたときに「この授業を受けたい」「この先生に教わりたい」など、具体的な話をすることができました。
——留学準備で必要だと感じたことを教えてください。
小和田:資金計画は重要だと思います。オランダに留学する際、私は堀科学芸術振興財団から奨学金支援を受けました。そのうえで、現地では和食レストランでアルバイトをして学費をカバーしていました。また、ビザや市民登録、銀行口座開設などの手続きは、事前に把握しておく必要があります。いまはChatGPTなどでも調べられますが、当時は移民局や留学先の市役所のHPを見たり、実際に留学している先輩に聞いたりしながら、入念に準備を進めていました。
——準備も含めて留学で苦労したことはなんですか?
小和田:最も大変だったのは住居探しです。オランダでは住宅不足が深刻で、銀行口座がないと家が借りられないという問題があります。ただ、銀行口座を開設するには住所が必要なんです。私は知人の紹介でまずシェアハウスに入り住所を得ましたが、最初の1、2カ月はホテル暮らしや仮住まいを余儀なくされる学生も多くいました。準備の段階で、知り合いのつてを辿って住居を確保するということもとても大事なことだと思います。

——留学する人にとって必要なスキルはなんだと思いますか?
小和田:語学力よりも「主体性」が重要です。主体性にも2種類あって、自分で調べて動いていく力のほかに、周りに助けを求める力というのも、ある種の主体性だと思っています。私はいろいろな人に事前準備について教えてもらいましたし、奨学金の手続きはムサビのキャリアセンターの方に相談していました。そうやって誰にどういう助けが求められるかを把握して、自分ひとりで解決しようとしないということも大事かなと。また、留学先では学生同士でも日常会話として社会・政治・文化などの話題がよく出てくるので、デザイン以外のニュースを日常的に読む習慣を持っておくといいと思います。
——小和田さんは現在もオランダに拠点を置いています。フリーランスのデザイナーとしてどのような活動をされているのでしょうか?
小和田:生活を支える仕事としては、パッケージなどのグラフィックデザインや、UI・UXデザインの仕事を、主に企業から請け負っています。そのほかにライフワークのようなかたちで、NPO団体や美術館と一緒に、社会的なテーマを扱うアートプロジェクトにアートディレクターのような立ち位置で取り組んでいます。ムサビでは木工を専攻していましたが、いまはアウトプットがグラフィックやプロダクト、ディスプレイデザインなどさまざまですね。

——アートプロジェクトは留学中から続いているものもあるとお聞きしました。
小和田:学生のときから「産業」や「労働」などをテーマに、東アジアのマグロ産業やオランダの花産業、羊飼いとして働く人々など、産業の裏側にいる“人”を中心に据えたプロジェクトを行っています。マグロ産業のプロジェクトはDAEでの卒業制作でもあり、学校での卒制展のあと、市内の美術館でも展示しました。このプロジェクトはいまも続けています。

——留学を振り返り、いまのキャリアにどのように影響していると思いますか?
小和田:留学は私にとって、デザインの本質を問い直す機会になりました。純粋にものをつくる授業もありましたが、そこでも人種や環境、飢餓や気候など、必ず社会的なテーマがあったんです。プロジェクトに取り組むなら、そのプロジェクトはなにかしら社会とつながっているものであるべきだという教授の考え方などもあり、“美しく見せる”という目的のデザインから、“社会と人をつなぐ”手段としてのデザインへと意識が変化しました。現在行っている社会的なテーマを扱うプロジェクト活動も、この視点の変化から生まれています。
——今後の展望を教えてください。
小和田:活動拠点はオランダですが、2026年以降は国外での展示を増やし、アジアや北欧など異なる文化圏での発表を通して活動の幅を広げたいと考えています。いずれは日本発のプロジェクトも展開していけたらいいですね。デザイン・アート・リサーチの枠を越え、社会に対話を生み出すプロジェクトを続けていくことが目標です。
                    