学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。ゲストは東京・吉祥寺で芸術複合施設「Art Center Ongoing」を運営する小川希さんです。後編ではアートセンターの収入から外部の仕事など、東京でアートを仕事にする小川さんのリアルな現状をお聞きしました。

●ゲスト講師 小川 希(美術作家/Art Center Ongoing 代表)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問2 アートの仕事で収入を得るにはどんな手段があるんですか?

(酒井)Art Center Ongoingを成立させる手段として、小川さんはアートセンター以外のお仕事もされていますが、どういった仕事があるのでしょうか?

(小川)たとえば最近の自治体の仕事では、横浜の黄金町という地域のアートによる街づくりプロジェクトのキュレーターや、東京都が渋谷につくったギャラリーでの企画展のプロデュース、調布の芸術文化振興の相談役などがあります。自治体以外では、ムサビやほかの大学で授業をしています。そういった仕事を同時にいくつも引き受けているという感じです。収入は仕事によりさまざまで、ひとつのプロジェクトで30万のものがあれば100万のものもあったり、3年契約で500万というケースもありました。

(酒井)数字だけを見ると圧倒的にアートセンターの飲食収入よりも効率がいいと思いますが、だからといってアートセンターをやめようという選択にはならずいまに至っているということですね。

(小川)辞めていたらもっとお金持ちになっていたかもしれませんね(笑)。でも、いろんな場所から知らない作家が来てくれて、作家同士が知り合ったり、世代を超える出会いがあったりする。それはやっぱりあの場所があるからこそ、という思いはあります。一方で、最近はもはやArt Center Ongoingを成功させたいというよりも、そうやってアートを通じて出会いつながる場所を社会のなかで機能させたいという気持ちのほうが強いです。あちこちに同じような場所ができていく状況になれば、絶対に社会が豊かになると思っています。そういう社会の実現のために続けているのかもしれません。

質問3 東京と地方のアート事情の違いは?

(酒井)Art Center Ongoingを、あえて一番お金がかかる東京でやるのは、なにか理由があるのでしょうか。ヨーロッパでは公的なお金でアートセンターを運営しているように、日本でも誘致したい地域はあるかもしれません。また個人でやるのであれば、なおさらもっと家賃の安い場所につくる選択肢もあったと思います。そんななかで東京にこだわった理由や、地方とのアート事情の違いについてどう捉えているかを教えてください。

(小川)日本でも特に地方では、自治体がアートプロジェクトやアートスペースを運営するケースは多いと思います。そうでなければ、レジデンスのような仕組みをつくってちゃんとお金を回していたり、貸しギャラリーのように使っていたり、あとは助成金を活用するなどですね。地方では同じような動きがほかにないからこそ、街おこしや文化醸成という文脈でアートを通じた場がつくりやすいという状況はあると思います。

僕は単純に自分が東京生まれということで、東京で立ち上げました。生まれた場所への想いもありましたし、15年前は東京であることが特別だったということもあります。ムサビをはじめ美大もたくさんあり、吉祥寺は大学を卒業した作家たちが来やすい場所でもありました。最近はインターネットが発達していることもあり、普段は地方で制作をして、なにかあるときだけ東京に来るという作家もたくさんいます。いまだったらあえて東京でやる必要もないかもしれませんが、やっぱり自分が生まれ育った地域だから、そこを一番おもしろい場所にしていきたいということでしょうか。ただ、やっぱり東京は、家賃がものすごく高いんです。僕はなんとか続けてきていますが、東京でやることの難しさは本当にあると思います。

(酒井)地方がそうであるように、街おこしや街づくりといういろんなものを包含できる文脈だと、自治体のお金が動きやすいということなんでしょうか。そういう状況には可能性を感じますか?

(小川)先日、大分県別府市に呼ばれてトークイベントに出たのですが、別府では年間数億円をアートのプロジェクトで動かしているという状況がありました。NPOがつくられていてプロジェクトのスタッフも20人くらいいる。アーティストや表現者を誘致して街をアーティスティックにしていくことを考えていたり、空き家活用や街おこしのプロデュースに関わっていたり、自治体とがっつり組んで地域のブランディングなどコンサル的なこともしながら、実際の場所の運営もしている。その環境はすごいなと思いました。

質問4 補助金や助成金ってうまく活用したほうがいいですか?

(酒井)4つ目の質問は補助金や助成金についてです。自分がやりたいことと自治体などの狙いが重なっていたら、うまく活用する方法もあるのではと思いますが、この辺りはどうでしょうか?

(小川)補助金はうまく活用できるなら、したほうがいいと思います。ただArt Center Ongoingについては、たとえばスペースに対して補助金が出るといわれても、応募しないと思います。なぜなら、やっぱり公共のお金を使うということは、表現に対するチェックや平等性の担保など、やらざるを得ないことが出てきます。僕はあの場所をとにかく自由にできる場にしたいので、そこを守るために外の仕事と両立して維持していくというのが一番健全な気がしています。プロジェクトの仕事などでは助成金や補助金を使うこともありますが、そうではないアンタッチャブルな場所をコアとして持っていたいんです。

(酒井)補助金は、たとえば自治体が実施するものであれば、街づくりなどで自治体がやろうとしていることを、その方向性に沿って体現する人や団体に資金を補助するものです。一方、助成金は活動自体を評価し、活動にかかる費用を助成するものです、どちらにしても自治体が実施するということは、支援を受ける団体や活動が支援の趣旨と合っているか、本当に同じ方向を見て動けているのかというチェックは入ります。

(小川)そのほかに、共催協定というのも活用しました。これは、東京の芸術文化の振興を推進するアーツカウンシル東京という公益財団法人と東京都、そして僕の法人の3者で締結し、「TERATOTERA」というプロジェクトを共催したものです。これは東京都のお金なのでもちろんチェックはありますが、お互いの方向性をしっかりと擦り合わせたうえで、言いなりになるのではなく、20%くらいの“毒”を忍ばせる気持ちで取り組んでいました。

(酒井)補助金や助成金の趣旨や文脈をしっかり理解してから、自分のやりたいこととの落とし所を見つけていくことが重要ですね。そもそもアートに対して可能性を見出してくれている自治体とそうでないところがあると思います。東京ではなく、これからどこかでアートセンターをやりたい場合、別府や熱海などすでに動きが盛んなところに入っていくのもひとつの選択肢ですし、今後アートを通じた街づくりに取り組んでいこうという自治体を探すというやり方もあると思います。自治体とアートの親和性はどうリサーチしていけばいいでしょうか。

(小川)どうでしょう。ただ、アートで街おこしというのは、ブームとしてはもう落ち着いていると思います。過去に取り組んだ地域はあちこちにあり、なかには予算を大きく使ってもあまりお客さんが来なかったというところもありました。だから自治体との協働に大きすぎる希望をかけるのではなく、自分の芯を持ってやりたいことをしっかり保持しながら、アルバイトとして自治体の仕事を請け負うくらいでもいいんじゃないかなと思っています。

質問5 死なないために最低限必要なことは?

(酒井)ここまでいろいろと本当に赤裸々にお話ししていただきましたが、自分のやりたいことを実現し満たされる部分は大きいということを感じました。そのなかでも生きていくために最低限必要なことはなんでしょうか。

(小川)僕の場合は、アートを仕事にすることが一番素晴らしいことであるとは思っていないんです。ここで言う“死ぬ”は、おそらく精神的に死ぬということなのかなと思います。たとえばお金をもらうために、アートと名のついた中身のないプロジェクトをやり続けて疲れ果ててしまうこと。それは“死ぬ”ということだと思います。そうではなく、作家の多くはみんなそうですが、1年間ほぼバイトして、年に1回個展を開く。そこですべてを出し尽くすんです。その場合、アルバイトをしている期間は死んでいるかというとそんなことはない。それは僕みたいにプロデュースする側も同じです。自分のコアがあり、そのためにほかの仕事をするんです。100%雇われ仕事にしない。自分のすべてを違うことで埋め尽くしてしまわなければ、死なないと思ったりします。

(酒井)いまのお話には非常に共感します。小川さんの場合は、社会とどうつながるのかという大きな問いに対して起こしたアクションがArt Center Ongoingで、アートの仕事に就くことが目的になっていないというところが大きなポイントだと思います。いろんなことに固執しすぎると、知らない間に手段が目的化してしまうことがありますが、そこがとても健全な状態なのだという気がします。

(小川)そうかもしれません。僕の場所が潰れても、そこで培った関係性はなくならないだろうし、プロジェクトやアートセンターを運営していくなかで生まれた思いはリアルなものとして残ります。Art Center Ongoingは、人が集える場所やつながれるものとしての機能を体現できている場所なので、表現というものがそもそもなんのためにあるのか、どう社会とつながっていくのかということを、僕だけではなく次の世代の人たちにも伝えられていることで、役割を果たしている気はします。

質問6 うまくいっていることと、苦労していることはなんですか?

(酒井)あらためて、うまくいっていることと苦労していることを教えてください。

(小川)一時期苦労していたのは、「Ongoing」というコミュニティに一定のイメージがついてしまったことです。立ち上げたときの想いやプロジェクトからのつながりが強すぎて、若い人たちから見ると、「ちょっと上の世代の怖いおじさんたちが集まっている場所」というイメージができてしまった時期がありました。けれど2021年から僕が文化庁新進芸術家海外研修制度でヨーロッパに行き、すごくコアな感じのアートスペースにあまり意味を感じなくなりました。

ヨーロッパで脈々とアートや文化が受け継がれているのは、リレーがとてもしっかりできているからなんです。前の世代から自分たちの世代へ、さらに次の世代へと。だからこそ文化が残っていくんだなと感じました。一方で日本は、カリスマが現れて一時期燃え上がり、そのカリスマがいなくなったらひとつの時代が終わる。それが美学みたいなところもあると思いますが、僕のやりたいアートセンターはそうなったら終わりだなと思いました。次の世代にバトンタッチしていかないと本当に意味がないと感じて、帰国してからは運営を変えていきました。

ヨーロッパに行くまでは、年間20本以上のすべての展覧会が僕の企画でしたが、帰国してからはその比率を10%くらいにしました。あとはもっと若い人に企画を任せたり、学生だけのコンペも始めました。選ばれると10万円の制作費が出て、Art Center Ongoingで2週間展示ができるというもので、ムサビや多摩美や芸大の学生も応募してくれています。そうやって新しいことを始めて、この1〜2年は次の世代の人たちがまた集まってきたような印象があります。それがうまくいっていることかもしれません。それとともに僕はフェイドアウトしていくことも考えています。

質問7 10年後、20年後など、先のことを考えることはありますか?

(酒井)最後の質問は「10年後、20年後など先のことを考えることはありますか?」という問いです。その頃にはArt Center Ongoingからはフェイドアウトしているかもしれませんが、その先はどうでしょうか?

(小川)アートの場として考えると、コマーシャル・ギャラリーみたいなやり方、もしくは美術史の中でどう残っていくかというやり方。いまはそのふたつくらいしかないと思っています。もしくはNPOをつくり、多様性という言葉のもとに社会や公共の事業に取り組んでいくか。

ただ、これはArt Center Ongoingで体現してきたことですが、もっと訳がわからなくてオルタナティブなものを表現できる場であり続けたいですね。お金にもならないし、美術史にも残らないし、自治体と手を組んでいくこともできないけれど、その訳のわからないものこそアートであるし、アートでしかできないと思っています。

いまはアート表現も、売れるマーケットがまた盛り上がってきていて、売れ線の絵画か、もしくは社会課題を扱うアートというように二極化している感じがします。どちらもある意味わかりやすいですし、共感しやすい。僕はもっと訳のわからないものや、パワーだけはとにかくあるようなものの方がアートの本質だと思っていますが、そういうことができる場をなくさないために、Art Center Ongoingを続けているのかもしれません。10年後や20年後に、目に見えるわかりやすいアートだけではない、「わかりにくいけどなんか重要なんだよね」という場所が残っていてほしいですね。


<講師プロフィール>
小川 希/Art Center Ongoing 代表

1976年東京都生まれ。2008年1月に東京・吉祥寺に芸術複合施設Art Center Ongoingを設立。現在、同施設の代表。文化庁新進芸術家海外研修制度にてウィーンに滞在(2021-2022年)。中央線高円寺駅から国分寺駅周辺を舞台に展開する地域密着型アートプロジェクトTERATOTERAディレクター(2009-2020年)、レター/アート/プロジェクト「とどく」ディレクター(2020-2022年)、茨城県県北芸術村推進事業交流型アートプロジェクトキュレーター(2019年)、など多くのプロジェクトを手がける。
https://www.ongoing.jp/