学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師は、ムサビの彫刻学科を卒業し、現在は兼業しながら作家活動を続ける、平田尚也さん。コンペティションへの戦略的な挑戦、現場で培ったプレゼンテーション力、そして作家として生き抜くための具体的なノウハウを語っていただきました。

●ゲスト講師 平田尚也(アーティスト)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問4 アーティストとしてのキャリアを形づくるために、受賞歴や作品発表、関係性づくり、情報発信など大切にしていることはありますか?

(酒井)続いては今日のメインテーマでもあるのですが、アーティストとしてのキャリアを形づくるために、受賞歴や作品発表、関係性づくり、情報発信など大切にしていることはありますか? お話を聞いていると、すべて大切な気もしますが……。

(平田)ここまでコンペについて熱く語りましたが、実は僕、受賞歴ってそんなにないんですよ。ふたつくらいです。かつ、獲った賞が何か大きく役立っているわけでもありません。

ではなぜコンペに応募し続けているかというと、先述の通り、人の目に触れる機会を増やしたいからです。さらに多くの専門家に名前を覚えてもらうこと、人脈を増やすことのほうが大切なのではないかと考えています。

実際にコンペから得たご縁が、ほかの仕事につながることもありました。たとえば「3DCGができるんだったら、この仕事はどうですか?」と依頼を受けたり。僕の周りの、評価されている作家を見ていると、関係性づくりが上手な人が多いです。仕事をする相手も人間。リスペクトが伝わるように対峙することが大事なのだろうと感じます。

いくら優れたアーティストだからといって、遅刻したり、締め切りにルーズでいいわけはありません。だって仕事だから。最低限の社会人のマナーは、早いうちに身につけておく必要があると思いますね。

(酒井)情報発信について興味がある学生が多いと思います。平田さんはSNSはやられていますか?

(平田)XとInstagramをはじめて、もう7年くらいになります。ちょっと後悔しているのは、若いころ、フォロワーを増やすことを目的によくネタツイに走ってしまったこと。もちろん最初は作家活動の肥やしになればという思いからですが、閲覧してくれる人の数さえ増えれば、自然と展示の情報なども拡散してくれるだろうという安易な考えでした。でももちろんそんなに甘くはなくて、場合によっては不真面目な印象だけが強く残り、逆に離れてしまった人もいると思います。

ただ、一方で自分を本気でマネジメントしたいのであれば、適切な方法でSNSのアカウントを育てる努力は必要かなと思います。

質問5 アーティストとしてのキャリアをステップアップするために苦労していることは?

(酒井)では次の質問です。アーティストとしてのキャリアをステップアップするために、苦労していることはありますか?

(平田)一番苦労しているのは、制作のための時間を確保することでしょうか。兼業作家なので、ほかの仕事をする時間も必要ですし、家事もこなさなければなりません。それらの合間で、制作をしないといけないわけです。

さらに、事務的な仕事にも想像以上に時間をとられます。仕事相手との連絡、スケジューリング、作品の管理や出品リストづくりなど。そもそも、他者から評価してもらえる作品をつくり続けなければいけないことも、苦労のひとつです。僕は天才ではないので、次々ヒット作を連発することはできません。すごく時間をかけたのに、ほとんど何も生み出せなかった、なんてこともザラにあります。その逆もたまにありますが、時間を無駄にしてしまって落ち込むことは本当に多いです。

(酒井)表には見えない仕事も多いんですね。作品づくりのためには、作業スペースの維持費やリサーチなど、けっこうお金がかかるものですか?

(平田)一番は外注費や材料費にお金がかかります。また、本を買ったり、展示を観に行くことにも。最近は美術館の入館料も上がっています。いまの学生さんは僕のときよりもっと大変かもしれないけれど、作品づくりのためのインプットは投資としてかなり大事だと思います。

質問6 これから作家活動を始める学生が、知っておいたほうがいい、早くから始めたほうがいいことってありますか?

(酒井)これから作家活動を始める学生が、いまのうちから知っておいたほうがいい、早くから始めたほうがいいことって、どんなことが挙げられますか?

(平田)まずは現場を知る、ということだと思います。
漠然とした頭の中のイメージだけでは、できることはほぼありませんので、自分が行きたい道の先にいるプロのやり方を体験して、感覚で身の振り方を知るのがいいと思います。たとえば学外の作家の手伝いに伺ったり、設営やギャラリーのアルバイトをするのもいいかもしれません。

また、当然ですが、日々作家のリサーチや展示を観に行ったりすることも重要です。
リサーチに関しては、個人的には直接足を運ばなくても、SNSでも、アートマガジンでも、ネットでギャラリーのサイトを覗くでも媒体はなんでもいいので、とくかくたくさんの作品を「見る」ということをしたほうがいい。そうしない限り、いい作品と悪い作品のジャッジを自分で下すという自己批評の能力が育たないと思うからです。

次に、美術が世の中でどうやって回っているのかの構造や仕組みを知っておくといいと思います。たとえばポピュラーな例を挙げると、ギャラリーには大きく「コマーシャルギャラリー」と「貸しギャラリー」の2種類がありますが、もっと細かく言うと、「独立系」や「プロジェクト系」があったりします。

ほかにも、あまり知られていないですが、日本現代美術商協会のCADANがあります。日本のコマーシャルギャラリーの多くが所属している協会で、加盟ギャラリー同士は連携しあったり、協力して一緒に仕事をしたりしています

つまり、展覧会が開催されるまでに、裏側でどういったやり取りが行われているのかを知っておくといいと思います。

また、美術自体がどういった流れでいまにいたるのか、いわゆる美術史の知識や、過去の作家の何が評価されるに至ったのかという内容はおさえておかなくてはいけません。でないと、他の専門家たちと仕事をするうえで、全然話についていけなくなったり、迷惑をかけることにつながるからです。

(酒井)作家ってどうしたらなれるんだろう?と漠然とした疑問を持ち続けるのではなく、現場に足を運んだり、人に話を聞きに行ったりと、やれることをどんどんやっていくのが大事ですね。

(平田)そうですね。あとはとにかくどれだけストイックに仕事をできるかとか。エネルギッシュにモチベーションを上げたままでいられるかとかですね。

あと、すごく大事だと思うのは、何かによく「気づく」ことだと思います。自分以外の誰もが同じ意見だったとしても、「自分だけは騙されないぞ」というような疑念の心は常に持っておかないと、価値のある発明はなかなか起こらないと思います。

質問7 10年後、20年後のことを考えることはありますか?

(酒井)いよいよ最後の質問です。平田さんは、ご自分の10年後、20年後のことを考えることはありますか?

(平田)20年後というとずいぶん先でピンとこないのですが、10年後くらいだったら目標設定はしますね。僕は基本的には野心家なので、まず目標を据えて、そのために何をすべきか、次はどうアプローチしようかと考えます。うまくいくかどうかは別の話ですが、欲望がいっぱいあったほうが精神的にヘルシーだと思います。

(酒井)逆算していまやるべきことを積み上げていくタイプなんですね。

(平田)基本的にはそうしたいと思っていますね。下準備は大切にしています。つくりたい作品のために早いうちから技術を習得したり、制作方法や外注先を調べたり。
また、いままでお世話になってきた先輩作家たちから学んできたことですが、スケジュールや資料は常に見える位置に貼り出したりしています。


<講師プロフィール>
平田尚也/アーティスト

1991年長野県生まれ。2014年に武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。空間、形態、物理性をテーマに、インターネット空間で収集した既成の3Dモデルや画像などを素材とし、主にアッサンブラージュ(寄せ集め)の手法でPCの仮想空間に構築した彫刻作品を現実に投影し、発表しています。仮像を用いることによって新たな秩序の中で存在するもう一つのリアリティを体現し、あり得るかもしれない世界の別バージョンをいくつも試すことによって現実の事物間の関係性を問い直す。近年では、アバターの身体的フィードバックに加えて、VR SNS上での存在基盤にも注目しています。
主な個展に、「仮現の反射(Reflections of Bric-a-Bracs)」(資生堂ギャラリー2025)、「Moonlit night horn」(Satoko Oe Contemporary・2024)、「さかしま」(Satoko Oe Contemporary・2021)、など。2019年「群馬青年ビエンナーレ2019」ガトーフェスタ ハラダ賞受賞。2022年パブリックコレクション 愛知県美術館。