学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師は、ムサビの彫刻学科を卒業し、現在は兼業しながら作家活動を続ける平田尚也さん。コンペティションへの戦略的な挑戦、現場で培ったプレゼンテーション力、そして作家として生き抜くための具体的なノウハウを語っていただきました。

●ゲスト講師 平田尚也(アーティスト)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


コンペティションを軸にした作家活動──プレゼン力が道を開く

酒井博基(以下、「酒井」)まずは普段、平田さんがどのような活動をされているのかについて教えてください。

平田尚也(以下、「平田」)僕はムサビの彫刻学科を2014年に卒業したあと、個人事業主としていろんな仕事をしてお金を稼ぎつつ作家活動をしている、いわゆる「兼業作家」です。

「VOCA展2022」に出品された《Shelf under the Mountain》(2021年)

作家業といっても人によってやり方やアプローチはさまざまです。僕の場合は作品を発表したり、売ったりしていまに至っていますが、なかでも力を入れているのはコンペティション(以下、コンペ)への参加です。作品を公募し、専門家である審査員の評価によって入選、受賞を決めるものですね。

力を入れている理由は、コンペへの参加が作家としてやりたいことをやっていくために一番効率的だと思っているからです。たとえば、コンペだと展示の場所代が基本的にかからず、告知も運営側が積極的にやってくれることが多い。賞という名誉をもらえることで、認知や知名度が広がることにつながります。

最近エントリーしたコンペのひとつが、資生堂が主催している「shiseido art egg」です。新進気鋭のアーティストを支援する公募プログラムで、入選者3名は東京・銀座の資生堂ギャラリーで個展を開くことができます。実は今年、これに入選することができました。

僕が自分の強みのひとつだと思っているのは、プレゼン力なんです。応募時には実際に資生堂ギャラリーで展示したらどうなるかというシミュレーション画像を3DCGソフトで作成し、提出しました。展示プランの説得力がグンと増すので、ビジュアル化という手法はとても重要だと考えています。

shiseido art eggの応募用紙に掲載した展示のイメージ画像。スピーカーや椅子の配置、照明なども含めて詳細にシミュレーションした

作家自身が何を表現したいのか、何がおもしろいと思うのか。それはもちろん重要です。ただ現実的に実現可能な展示なのか、という運営側の視点も忘れてはいけない。いくら作品が素晴らしくても、たとえば万が一作品が倒れて、人がケガをしてしまう可能性のある展示はダメなわけです。審査員や運営スタッフ、建物を所有している方など、大勢のプロたちを納得させるプランである必要があります。

ほかにも些細なことですが、資料は見やすくきれいに。資料を読み進めたくなるよう、ちょっとした工夫をしています。

そんなふうに、相手の立場に立った「気遣い」がどんなシーンにおいても大切です。ムサビを卒業してから11年の間にいろいろなコンペに応募し、落ちたり、通ったりしながら、少しずつ学んできました。

質問1 どのような学生時代を過ごしていましたか?

(酒井)ここからは7つの質問を通して、さらにお話を伺います。まず、平田さんはどのような学生時代を過ごしていましたか?

(平田)基本的にはまじめな学生だったと思います。ただ、とにかくお金がありませんでした。アルバイトもしましたが、作品づくりのための材料を揃えたりするにはそれでも足りなかったですね。アルバイトとは別で、先輩の手伝いもよくしていました。手伝いというのは、学外での展示の設営サポートなどです。ボランティアでの参加でお金にはならないことも多かったのですが、その経験がいまに活きていると感じます。作家活動をするうえでは、早いうちからたくさんの現場を見ることが大事なのではないでしょうか。

(酒井)現場ではどんなことを学んだのですか?

(平田)展示計画のアイデアやアーティストとしてのふるまい、事務的なやりとりや設営の段取りなど、とにかく全部です。自分がやりたいプランを通すために、学芸員の方を納得させる説明の仕方なども傍から見ていました。

やっぱり現場を見ないことには始まりませんよね。さっきはまじめな学生だったと言いましたが、振り返ると3年生以降は授業をちょっとだけサボって、外部の作家の手伝いに行くことも多かったです。

(酒井)作家というのは、いい作品をつくり続けることだけではなく、いろんな配慮ややりとり、人間同士の関係性づくり……。そういう土台も同じく必要であると、現場で学んだのですね。

(平田)それまでイメージしていたアーティスト像というのは、漠然としたものでした。ひとりでアトリエにこもって黙々と作業して、作品をつくって少しずつ人気を得て、美術館やギャラリーで展示をして食べていけるようになる、みたいな。でも実際の過程には無数の事務的なやりとりや作業があり、気を遣わなければいけないことが山のようにあることを知ったんです。

(酒井)当時、同級生とはどんなコミュニケーションをとっていましたか?

(平田)作家志望の同級生とは、よく話していました。教授にボロクソに言われたときも「俺はおもしろいと思ったよ」なんて、傷をなめ合ったりして(笑)。当時はSNSがいまほど普及していなかったので、誰かが急にバズって注目される、なんてこともほとんどなく、いまよりも比較的に平和だったと思います。

(酒井)ほかの人と比べて焦ることはなかったんですか?

(平田)一切なかったです。作家になりたくて生きているような人間だったので、就職したほうがいいかなという迷いも一切ありませんでした。もちろん「何でここまで辛い思いしてまでこんなことをしたいんだろう……」と滅入る時期はありましたよ。でもなんというか、病的な執念やパッションを持ち続けたから、なんとか活動を続けられているような気もします。正直周りを気にしている余裕がなかったというのもあります。

そういう執念さえあれば、何が何でもコンペを通過したいと考えるし、そのために何をしなければいけないのか、自然と知恵を振り絞るようになるんだと思います。

質問2 積極的に登竜門的なコンペに応募されている動機は何ですか?

(酒井)では続いての質問です。ここまでにもお話しいただいていますが、積極的に登竜門的なコンペに応募することにこだわっている動機は何なのでしょう?

(平田)先ほども申し上げましたが、一番合理的だと考えたからです。大体のコンペは無料で応募できます。提出のためのコストは多少かかりますが、通ったらそれ以上の対価が得られますから。

たとえば、コンペを通過したら作品を発表できる。発表して評価されたら、広く認知される。実績が増えると、ギャラリーから仕事のお誘いがくる。その後、ギャラリーと協力しながら美術館と仕事ができるようになるなどの流れがあり、その最初のステップのような気もします。これはあくまでひとつの例で、活動の仕方は千差万別ですが、素性の知れない人間と一緒に仕事をするというのはなかなか恐いものです。実績や経験は後に名刺としても機能するので、積極的に多くの人の目に触れる場所に進出し、公的な存在になっていくのはとても重要だと感じています。

アーティストという社会的な役割を演じていく以上、大勢の他者と協力し、関わって活動していくのは必須です。
また、そのなかでどうしてもトラブルは起きるものですので、そこにどう対処するかという振る舞いも、コンペを通じて学べると思っています。

2018年にトーキョーアーツアンドスペース本郷で開催した個展「∃, Parallels, Invulnerability」の展示風景(撮影:加藤健)

質問3 コンペに応募する際、リサーチなど大切にしていることはありますか?

(酒井)次に、コンペに応募する際の事前準備として、大切にしていることはありますか? リサーチはどういうことを考えながらするのでしょう?

(平田)リサーチはかなりしているほうだと思います。。過去に何度も開催されているコンペが多いので、過去の入選作品などは必ずチェックしますね。単純にいままでそのコンペが評価してきた作品が気になるというのもありますが、過去の入選作品を知るというのが、そのコンペに対してある種の礼儀であると勝手に思い込んでいるので。

(酒井)平田さんがおもしろいのは、作家側のロジックだけでなく、運営側の気持ちも考えていること。でもコンペによって作品の良し悪しの基準って変わりますよね。そういう意味でも、リサーチは大事なのでしょうか。

(平田)審査する人間が違うかぎり、絶対評価はないと思います。だけど、ある程度のボーダーラインや傾向は各コンペにある気がします。傾向などを調査し、かつ自分の作品を通したいと思ったら、それにより作品の内容を変化させたりすることはないですが、応募資料での見せ方を変える、文章でどの単語を使うか吟味するなどの工夫は必要です。

(酒井)自分のなかで仮説を立てて、戦略をもって応募する。さらに結果が出たときに自己批評して振り返る……。仮説検証を心がけるのは、ステップアップするために必要不可欠なことかもしれないですね。

(平田)僕もそう思います。落ちたコンペでも、評価された作品と自分の作品を見比べたりもしていました。本当はそんなの見たくないのが本音ですが、そこには重要なファクターがたくさん詰まっています。

(酒井)コンペに通るようになるまでは辛い時期もありましたか?

(平田)いまでもよくコンペに落ちますし、そのたび辛い思いをしていますよ(笑)
封書で落選通知が届いたときは、見た瞬間に破り捨てることはよくあります。でもそこで終わりにしてはもったいない。こういう作品、プランはダメだったというサンプルをひとつ得たと思って、次に活かすように心がけています。


後編では、キャリア形成で大切にしていること、そしてこれから作家を目指す学生へのアドバイスまで。平田さんが11年間の活動で培った、より実践的なノウハウに迫ります。

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<講師プロフィール>
平田尚也/アーティスト

1991年長野県生まれ。2014年に武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。空間、形態、物理性をテーマに、インターネット空間で収集した既成の3Dモデルや画像などを素材とし、主にアッサンブラージュ(寄せ集め)の手法でPCの仮想空間に構築した彫刻作品を現実に投影し、発表しています。仮像を用いることによって新たな秩序の中で存在するもう一つのリアリティを体現し、あり得るかもしれない世界の別バージョンをいくつも試すことによって現実の事物間の関係性を問い直す。近年では、アバターの身体的フィードバックに加えて、VR SNS上での存在基盤にも注目しています。
主な個展に、「仮現の反射(Reflections of Bric-a-Bracs)」(資生堂ギャラリー2025)、「Moonlit night horn」(Satoko Oe Contemporary・2024)、「さかしま」(Satoko Oe Contemporary・2021)、など。2019年「群馬青年ビエンナーレ2019」ガトーフェスタ ハラダ賞受賞。2022年パブリックコレクション 愛知県美術館。