学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけて学ぶ課外講座「作家・フリーランス・起業家入門」。前編に引き続き、講師は映像作家の長添雅嗣さんです。活躍の幅を拡げている長添さんに、仕事の依頼が入る経緯や自身が代表を務める映像チーム「KICKS」について、また今後の展望をうかがいました。
●ゲスト講師 長添雅嗣(映像作家)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)
質問4 どのような経緯でお仕事の依頼が入るのですか?
(酒井)次の質問は、「どのような経緯でお仕事の依頼が入るのか」です。最初のころはあまり仕事がなかったという話もしていらっしゃいましたが、たとえば師匠である小島さんから案件を回してもらうといったこともあったのでしょうか?
(長添)それは一切ないですね。発注する側はこの監督ならおもしろいものをつくってくれると思って指名してくれるわけで、独立したからご祝儀でなんてことはありません。一方で、作品集をつくってプロダクションに売り込みに行くとかも僕は意味がないと思っていて。
結局はオンエアを見たプロデューサーが「これをつくったのは誰だろう」とつくり手の名前を調べて、「よし、次にお願いしてみよう」みたいな流れがすごく多いんです。つくったものありきで数珠つなぎに仕事が来るイメージですね。
(酒井)そうなると余計に、来た仕事できちんと爪痕を残すのが大事ですね。
(長添)でも、「安い、早い、うまい」みたいなのもなくはないんですよ(笑)。ただ監督の力を引き出すのもプロデューサーの仕事で、どの現場でも横にいるわけですから仕事がしやすいかどうかはすぐ噂になります。常に周りに攻撃的だったり、予算の使い方が雑な監督は仕事がなくなっていくような気がします。
(酒井)そういう評判はすぐに広まりますよね。やりとりが難しいとかレスポンスが遅い監督だと、プロデューサーの立場としてもお願いしていいものか不安になりますからね。
質問5 独立されてからKICKSという映像チームを組んでいるのはどのような狙いがありますか?
(酒井)次は「独立されてからKICKSという映像チームを組んでいるのはどのような狙いがありますか?」という質問ですが、独立直後の状況についてもう少し詳しく教えてください。収入面でヒリヒリするような時期もありましたか?
(長添)はい。28、9歳のころなので大きな案件はまず来ないですよね。そういう仕事を駆け出しの監督に任せられるかというとそうじゃなかったりするので。なので、MVで活動しつつも、テレビのジングルだったり、小さい案件を積み重ねつつ生活していました。
でもアシスタント時代よりは、収入は増えていたんです。会社員時代は、報酬はまず会社に入って給料という形でもらっていたのが、フリーランスになってからは自分のところに全額入ってくるので。同じ予算感の仕事でも収入が増えたのはよかったです。それでも不安定なのはいまも変わりません。収入がゼロという月もいまだにありますよ。

(酒井)毎月お金が入ってくる尊さみたいなものはありますよね。会社は会社で、いいときがあれば悪いときもあるなか、スタッフに毎月お給料を払わなければならないジレンマもありますしね。
収入的に生活していけそうだと感じたタイミングで独立されたとのことですが、プライベートでもそろそろ収入を増やしたいなという思いはあったのでしょうか?
(長添)たしかに結婚のタイミングでもあったのですが、そこはあんまり考えてなかったですね。そこまで自分の人生をコントロールできるわけでもないので、とりあえず来た仕事はがんばろうと思ってやっていました。
(酒井)やはり、下積み時代に身につけたもので挑戦したいという思いは強かったのでしょうか?
(長添)そうですね。小島監督に憧れた理由のひとつが、社会に対してちゃんと自分の理想を提案していくスタイルだったことです。「これが僕のこれが映像だ、かっこいいだろ?」というんじゃなくて、自分のクリエイティブをどう広告に落とし込むか、MVでやったらどうなるのか、独りよがりではなく自分のつくるものを収益にもつなげているところがかっこいいなと思っていて。あとは、世の中に対してモーショングラフィックスがもっと使われるべきだという考え方を持って活動していたところも尊敬していました。
おかげさまで、アシスタントではあるものの人脈はつくらせていただけたので、大きい案件が来たときにも「あのときご一緒した方ですよね」みたいなかたちで話が通じやすくなる場面もあり、広告の世界にもすんなり入っていけました。
(酒井)大きな仕事が入るようになったのは、やはりつくったものを見た人から連絡が来たことがきっかけだったのでしょうか。
(長添)広告の場合は『広告&CM年鑑』というものがあって、どの作品を誰がつくったかを調べられるので、だいたいプロデューサーさんはそれを辞書のように見ていますね。おもしろい監督を常にチェックしているような方々なので、そこから見つけてもらえたのかなと思います。
(酒井)プロデューサーに注目されるポイントや、爪痕の残し方など、長添さんとしてはここが指名のポイントなのかなと自覚していることはありますか?
(長添)わかんないです(笑)。でも、大事だなと思うのは、クライアントワークのなかで自分の個性を出すこと。やはりCMはクライアントのものなので、自分がやりたい表現だけを押し通してはいけないんです。でも、求めてるものをちゃんと提示しつつ、自分らしさを出し続けることは重要。それで商品が売れてみんなハッピーで終われたら最高です。結局は誰がつくったものか気になってもらえた時点で、その仕事は監督にとって勝ちなのではないでしょうか。
(酒井)そうですよね。とはいえ、クライアントの達成したいことをおさえつつ、作家性も込めるとなると、なかなかさじ加減が難しそうにも思えます。
(長添)個人名でクリエイターをしている人って、自分らしいテイストがありつつも、それと一致する作品ばかりつくれるかというとそうでもないことが多々あります。本当はもっと刺激的な映像がつくりたいけれど、ファンシーな映像のほうが評判がよかったり。しかも数珠つなぎに仕事が来るので、ひとつ作品が話題になるとそういう発注がたくさん来てしまうんですよね。それはそれでうれしいことなんだけど、本来の自分とは違うよなと思ったり。
僕は実写でデビューしましたが、いつかアニメをやりたいなと考えていたので、作品にちょっとずつアニメのシーンを入れ込んでみたり、「アニメーションもできますよ」という引き出しを見せていったら声がかかるようになりました。長期的な目線で、自分のやりたい方向にクライアントワークを誘導していくことはできるんじゃないかなと思います。

(酒井)そうやって手繰り寄せていくのは大事ですよね。
独立されてから「KICKS」という映像チームを組んだそうですが、会社とは別にチームを持つ意図を教えていただけますか?
(長添)実は「KICKS」では作品づくりは一切していないんですよ。単純に仲のいいクリエイター同士で名刺を共有しようみたいな枠組みなんです。
じゃあなぜつくったかというと、特に理由はなく(笑)。ひとつあるとしたら、独立したときに完全にひとりになるのはけっこう不安だったんです。そしたら、周りにもそういう人が何人かいて。じゃあ、居場所になるような枠組みをつくってみようかということになりました。
(酒井)組合的なイメージでしょうか? 困ったことがあったら相談し合おうみたいな。
(長添)そうですね。そういう機能もあると思います。
(酒井)自分の会社でいきなり大人数を抱えるのは大変だけど、大きい仕事に対応するために助け合える存在がいるというのはいいですよね。
(長添)最初は僕が社長になって音頭を取っていく方向も考えていて、実際途中まで会社にしようと動いていたんです。でも、税理士さんといろいろ、お金の話なんかをしているうちにいやになっちゃって。たぶんプレイヤーもやりながら管理もしてとなると、手が回らないなと。なので会社にはせず、「みんながいる場所」にとどめさせてほしいという話をしていまに至っています。
質問6 学生時代にやっておいたほうがいいことや、早くから始めておいたほうがいいことはありますか?
(酒井)長添さん自身、学生時代は作品づくりに熱中したとのことでしたが、ほかにもやっておいたほうがいいことや、早くから始めておいたほうがいいことはありますか?
(長添)早いうちに、アプリケーションを手足のように使えるようになっておいたほうがいいと思います。
あとはアウトプットですよね。僕がいま思うのは、3Dのソフトといった最新のものに気軽に触れられるのは学生のうちだけかもしれないということです。僕自身、最初にPhotoshopを使っておもしろさを感じて、次にIllustratorを触ってもっと興味が出て、その先に映像編集ができるPremiereやAfterEffectsを使ってみて、じゃあ3Dソフトも触ってみようと、段階的に使えるものを増やしてきました。でもこういうことって意外と就職したらできなくなっちゃうんです。自分が向いてる表現に悩むなら、いろんなアプリに触ることで探れるんじゃないかなと思います。
(酒井)アプリを触りながらアウトプットの方法を拡張していくということですよね。これは確かに仕事しながらだと難しいですよね。

質問7 10年後、20年後のことを考えることはありますか?
(酒井)では、最後の質問です。10年後、20年後のことを考えることはありますか? 割と目の前のことをしっかりやることに集中している感じですか?
(長添)なにより、お金の心配が一番大きいですよね。先ほども話した通り、28歳で独立して46歳のいままで幸い仕事はずっと続いているのですが、来年ゼロになってもおかしくない商売だなとは思っています。どこかの会社に入ることは現時点では考えていませんが、かといってなにもしなくてもいいのかなとか、そういう悩みは抱えていますね。
もちろん、もっと自分のフィールドを広げて長編をつくってみたいとか、やったことのないことに挑戦したいという欲はあるんですけどね。でも60歳になって自分がきちんと働けているかはまったく想像がつかないんです。一番考えるのは将来の不安ですね。
(酒井)長添さんくらいのキャリアと実績があっても、そうなんですか。意外です。将来の不安がゼロになることはないのが、フリーランスの仕事なのかもしれませんね。忙しくていやになることもありますが、仕事がないときの苦しみに比べればはるかにマシという。
(長添)はい。本当にそう思います。
<講師プロフィール>
長添雅嗣/映像作家
武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。teevee graphicsにて小島淳二監督に師事。モーショングラフィックスデザイナーとして経験を積み2008年に独立。ミュージックビデオの監督としてキャリアをスタート。現在ではテレビCMやテレビアニメをメインに実写・アニメを横断してさまざまな映像作品を製作。2016年KICKS設立。代表作にはテレビアニメ『呪術廻戦』1期EDムービー、YOASOBI「セブンティーン」MV、東京駅プロジェクションマッピング「TOKYO STATION VISION」、MAZDAブランドCM「心よ走れ。」、ももいろクローバーZ vs KISS「夢の浮世に咲いてみな」MVなどがある。
