学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけて学ぶ課外講座。今回の講師は映像作家・アートディレクターの清水貴栄さんです。環境や人間関係の変化や組織への所属のあり方、10年後20年後の未来、学生に向けての熱いメッセージなどを伺いました。
●ゲスト講師 清水貴栄(映像作家・アートディレクター)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)
質問4 就職・独立・所属という環境や人間関係の変化は、つくるものにどのように影響しましたか?
(酒井)清水さんはこれまで会社員、フリーランス、経営者と働き方が変わってきたと思います。その変化は、清水さんが手がける作品に影響を及ぼしましたか?
(清水)「ドローイングアンドマニュアル」時代は、周りの人の作品をすごく意識していましたね。僕だけでなく、ほかの仲間も互いに影響を受けていたと思います。
(酒井)フリーランスになってからはどうでしょう。
(清水)とあるディレクターの方に気に入っていただいて、その方からたくさん仕事をいただくようになったんです。もちろんありがたかったのですが、比重としてその人の仕事が少し多くなりすぎたと感じ、バランスを見直したことはありました。
(酒井)いろいろと試行錯誤をしながら、現時点の環境が一番しっくりきている感じですか?
(清水)試行錯誤というよりも、自然とこうなってしまった、という感じでしょうか。いまは基本的に悩みがゼロの状態です(笑)。

質問5 これから作家活動を始める学生が、知っておいたほうがいい組織への所属のあり方の選択肢について教えてください
(酒井)次にお伺いしたいのは、作家活動を始める学生が知っておいたほうがいい組織への所属のあり方です。要するに自分ひとりだけで全部やる必要はないという選択肢について教えてください。
(清水)自分の身近なところですと、大学の同期に学生時代にチームを組んで、そのまま法人化した人たちもいます。いまも業界でとっても活躍していますよ。
個々で発信するのが難しいなら、グループをつくってみるのはいいかもしれません。一緒になにかをつくるのではなく、場所やアトリエを共有するだけというのもアリだと思います。
(酒井)CEKAIのあり方というのも、美大の続きみたいな形ですよね。
(清水)はい。個々を尊重しながら場所をシェアしたり、仕事によってはチームを組んだりします。お互いを刺激し合うような関係なのかなと思いますし、そんな関係性が大人になっても続くのはおもしろいですよね。
(酒井)たしかに。
(清水)最近、音楽をつくっている人から「美大っていいですね」って言われたんです。ほかの大学だと、同級生同士で仕事をすることはほとんどないからと。たとえば東京大学を卒業して、ひとりはテレビ局へ、もうひとりは官庁へ行ったとしてもそこはあまりつながらない。一緒に働くことはほとんどないじゃないですか。
でも、美大を卒業して映像作家になり、映像のなかでイラストを使いたいとなれば、油画学科の知り合いに「ここのイラストを描いてほしい」とお願いする、みたいなことは大いにあります。つながることができるというのは、美大生のメリットだと本当に思いますね。だからこそ、ムサビの友だちは大事にしたほうがいいですし、自然と一緒に仕事をする仲間になると思います。
質問6 仕事をする環境を整えるうえで、どのようなことを重視していますか?
(酒井)フリーランスとなると、仕事の環境づくりも自分でやらなければいけません。清水さんが仕事の環境を整えるうえで重視していることはなんですか。
(清水)独立して最初のほうは、自宅の部屋で作業していました。でも、1日太陽の光を浴びないと人間ダメになってしまうようで、精神的につらくなってしまったんです。具体的には仕事に対してまったくやる気が出ない状態でした。
この経験から、日の当たる場所で働いたほうがいいと感じています。いまは自宅とは別に事務所をつくり、そこで仕事をするようになりました。


(酒井)なるほど。ほかに気をつけていることはありますか。
(清水)そうですね。この年齢になると運動はマストだなと感じています。若いときは運動していなくても元気だったのですが、いまは意識的に運動しないとだんだんと溜まってくるものがあるんですよ。なんだかおじいちゃんみたいな話になってしまいましたが(笑)、心身の健康のためにも本当に運動は大事だと思います。
(酒井)たしかにクリエイターはタフな方が多い印象ですね。実際に聞いてみると、元体育会系の人が多いと思います。
(清水)身体が強い人は多いかもしれませんね。やはり体力は必要とされる要素のひとつなのかなと思います。
(酒井)あと、清水さんがつくられているのが子ども向け番組ということもあるので、お子さんの影響も大きいのではないでしょうか。
(清水)それは大きいところだと思います。子どもに自分がつくった作品を見せているのですが、反応してくれると単純にうれしいです。そういう身近な声もモチベーションに直結していますね。

あとは、自分の子どもだけでなく、番組を見てくれている赤ちゃんのお母さんからも感想を聞くことがあります。よく「本当に助かってます」と感謝されるんです。お母さんは子どもからなかなか目を離せないですよね。そんなときに僕がつくった番組を赤ちゃんが見てくれて、そのあいだは家事をすることができると。
そういうお話を聞くと、子どもとその親に対して価値のあることができている。これからも子ども向け番組に携わり、たくさん作品をつくっていきたいという気持ちになります。
質問7 10年後、20年後のことを考えることはありますか?
(酒井)未来について質問をさせてください。10年後、20年後といった未来を考えることはありますか?
(清水)昔から、割と先のことを考えるようにしていましたね。美術領域に進もうと思ったのも小学3年生くらいでした。
(酒井)それは早いですね。
(清水)焦っているわけではないのですが、すごく暇な時間があると、未来についてイメージするんですよ。「いまのままで大丈夫かな」「もうちょっとやったほうがいいんじゃないか」という感じです。自分を掻き立てるような、焦らせるみたいな考えになっているのは暇なときですね。仕事が暇だと不安になってしまうからでしょうか。
(酒井)今後の目標を書いた年表をつくっていると聞きました。
(清水)はい。2018年7月から何歳でなにをするのかを年表のようにまとめています。そこにある通り会社を設立しましたし、家も東京には建てられませんでしたが、マンションを買いました。

(酒井)少しずつ実現しているということですね。
(清水)そうですね。ただ、後半はわりと夢物語が多いですね。「長野県の親善大使に任命」「フジロックに出演して朝ドラの主題歌になる」とか。でも、親善大使については松本市の観光アンバサダーになったので、ほぼ達成しているんじゃないかと思っています。みなさんも友だち同士でつくって見せ合うとおもしろいかもしれないですよ。
(酒井)たしかにおもしろそうです。
(清水)せっかくなら、ちょっと無理そうな目標が書いてあったほうがいいですよね。いまもこうやって講師として話をしていますが、やり続けていれば専門学校をつくれるかなとか。自分の作品をつくって展示し続けていれば、個展も開けるかもしれないとか。
こうして自分のやりたいことを書いておけば、運よく声をかけてもらったとき、迷わずに即答できますよね。この年表は53歳まで決まっています。ただ、いまのところうまくいっていますが、達成できなくても大丈夫というマインドです。日々、達成のために努力をしているわけでもありません。
(酒井)そうなんですか?
(清水)こうして目標を整理することで、目標にまつわる相談や機会があったとき、すぐに乗っかることができるんですよ。松本市のアンバサダーの話も、すぐ「はい、やります!」と引き受けました(笑)。

自分の“好き”を発信することで、世界が動く
(酒井)貴重なお話をありがとうございました。清水さんから学生に向けて伝えたいことがあるそうですが……。
(清水)みなさんにお伝えしたいのは、自分の好きなものを恥ずかしがらずに言ってほしいということです。自分がつくったものでなくともかまいません。好きなアーティストでもいいんです。周りの人にあなたの好きを伝えたり、ブログを書いたりと、方法はなんでもいいと思います。
たとえば僕の場合であれば「子どもが好き」「松本市が好き」「子ども番組が好き」と言い続けていると、「そういえば、松本市が好きって言っていた人がいたな。一度相談してみようかな」という可能性が生まれます。
言葉にして発するとなにかが動きます。そして動いたなにかに対してアンテナを立ててほしい。それに気づいたら全力でフルスイングしてホームランを打つ。すると、もっと大きなボールになって返ってくるんです。そうしたボールが数珠つなぎになって、仕事となることもあります。すぐにできますから、ぜひやってみてください。
<講師プロフィール>
清水貴栄/映像作家、アートディレクター
1987年長野県松本市生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、会社員、フリーランスを経て2022年にデザインと映像の会社Let’s go incを東京に設立。こども番組のデザインや、コラージュを使ったアニメーションミュージックビデオ、人形劇を取り入れたTVCMの映像演出など、人の気持ちが前向きになる作品づくりを得意とする。