学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけて学ぶ課外講座。今回の講師は映像作家・アートディレクターの清水貴栄さんです。基礎デザイン学科を卒業後、映像とデザイン制作を担う会社へ就職。その後、フリーランスとして活躍されています。今回は「作家としての個も大切にしながら組織に所属するには?」をテーマに、7つの質問に答えていただきました。

●ゲスト講師 清水貴栄(映像作家・アートディレクター)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


不得意だった絵に“動かす”技術を加え、自分だけの表現に

酒井博基(以下、「酒井」)まずは映像作家・アートディレクターとして、どのようなお仕事をされているのか、教えてください。

清水貴栄(以下、「清水」)教育番組のパッケージデザインやアーティストのミュージックビデオ・舞台演出、大手企業のTVCM・コンセプトムービーなど、デザイナー視点からの映像演出とアートディレクションなどを行っています。

テレビ東京で放送中の幼児番組『シナぷしゅ』。番組の立ち上げから参加し、ロゴやキャラクターなどのデザインから、レギュラー放送されるコーナーの演出や監修まで全体のアートディレクションを担当

▼そのほかの作品はこちら
https://www.shimizutakaharu.com/

(酒井)ムサビでは基礎デザイン学科に所属されていたそうですが、どのような学生生活を送っていたのでしょう?

(清水)入学した当時は、周りに浪人生が多くて、みんな知識もセンスもデッサンも自分よりすごくて。自分がムサビに通って大丈夫かな、と思っていましたね。一方で僕は、ダンスサークルに入ったり、バイトしたり、大学生活を単純にエンジョイしていたら、あっという間に3年生になってしまったという感じです(笑)。

(酒井)そろそろ就職活動という時期になったわけですね。

(清水)そうなんです。でも、当時の僕は企業に見せられる作品がなくて、手元にあるのは課題の作品だけでした。それではマズいとなりました。

絵はもともと得意ではなかったので、”動かす”という技術をプラスしたんです。ひとつのことだけで勝負するのではなく、もうひとつ自分ができることを探す。それを足したら意外とおもしろいんじゃないかと思いました。そうして新しい表現方法をいろいろと試していきました。

そのなかで言葉と絵の関係におもしろさを見出し、卒業制作が完成しました。ループするアニメーションをつくったのですが、この作品で学科賞をいただけたんです。

卒業制作作品《RE:しりとり – RE:capping》(2009年)

(酒井)就職活動はいかがでしたか?

(清水)まず、当時は独立ということはまったく考えていませんでした。最終選考まで残った会社はあったのですが、ダメでしたね。そこで1年間、バイトでもしながらブラブラしようかと思って、ゼミの教授だった菱川さんの会社「ドローイングアンドマニュアル」にアルバイトとして入社したんです。その後に正社員として採用され、32歳までの10年間働いていました。

質問1 プロダクションへの就職、自分の会社を設立、クリエイティブアソシエーションへの所属といったキャリアの変化の節目でどのような心境の変化がありましたか?

(酒井)これまで就職、独立などキャリアの大きな変化があったかと思います。その節目節目でどのような気持ちの変化があったのでしょう。

(清水)そうですね、キャリアに対する心境が変化したのは、就職活動のときです。初めは大手の安定した会社に入社しようと思っていました。でも、志望していた会社の最終面接で落ちてしまった。そのとき、大きな会社に入るのではなく、小さな会社で頑張りなさいと言われているように感じたんです。そこから最前線でバリバリ働くというマインドに切り替わりました。

ドローイングアンドマニュアルでの会社員時代は本当にたくさん働いたと思います。朝10時に出社して、深夜2時に帰ることができたらいいほうでした。仕事が終わったら、コンビニで夕食とビール1缶を買って家で晩酌するか、飲みに行く。次の日は9時半に起きて……という生活でした。

(酒井)たとえば、5年も勤めていると、ひと通りの仕事をこなして慣れきってしまう人も少なくないと思います。清水さんも会社の外に出て、腕試ししたいと思ったことはありましたか?

(清水)27歳くらいで、みんな一度はそういう時期が来ると思います。ただ自分の場合は、とにかく仕事がおもしろかったんですよね。そんななか、10年経って会社を辞めようと決めたのは、会社のブランドをはずしたとき、自分がどのくらいの価値になっているのかをたしかめてみたくなったからです。価値というのは、単純に仕事がどれくらい来るのかもそうですし、お金をどれくらい稼げるのか、ということも含めて。ちょうど入社10年という節目だったこともあり、決断したという流れです。

(酒井)会社を辞め、独立して起業してから心境に変化はありましたか?

(清水)僕はいま38歳で、何歳まで働くんだろうと考えたことがあります。モノをつくる過程が楽しくないと30年、40年と続けていくことはできないなと思いました。

たとえばワークスタイルも、もし、日の当たらない部屋で1日中作業をしていたら、きっと気がおかしくなっちゃうじゃないですか。やっぱり日の当たる場所で仕事をして、ある程度遊んだり、絵を描いたり、コーヒーを1杯飲んだりしてリフレッシュし、また仕事をするというのが理想です。

(酒井)会社を大きくするよりも、自分に合った働き方を大事にしたいということですね。

(清水)そうですね、子どもが小さいいまはミニマムなモノづくりがいいなと思っています。以前アシスタントがいる時期がありましたが、時間配分が逆に難しくて帰るのが遅くなってしまうときもあったりして。そのとき、やっぱり家庭を大事にしたいなと思いました。子どもが中学生・高校生になったら、会社の規模も大きくできたらいいなと思っています。

質問2 就職・独立それぞれのメリット・デメリットについてどのように考えていますか?

(酒井)続いて、就職のメリットについて教えてください。

(清水)一番は仲間じゃないでしょうか。同じ会社で10年働いた仲間たちは、本当の仲間になるんだなと感じています。いまでも、仕事をお願いすることもあれば、仕事をいただくこともあります。すぐに相談することもできるし、返事も返ってくる。会社を辞めても、そういう関係でいられることがありがたいですね。

(酒井)会社に勤めることのデメリットはありますか?

(清水)そうですね、会社に勤めていると、自動的に仕事が飛んできて、ありがたみを感じ忘れてしまうことでしょうか。また、自分で仕事を調整できない部分がどうしても出てくるときもあると思います。

(酒井)一方で独立のメリットはなんでしょう。

(清水)やはり自分で仕事量を決めることができる、ひいてはどのぐらいの生活水準にするかを決められるところが、一番のメリットだと思います。価値観の設定もあるかと思いますが、自分の場合、そんなに外食はしなくていいし、毎日家族でごはんが食べられるだけで幸せです。そうすると、ある程度お金が稼げれば、無理に仕事をする必要もありません。

また休む期間も自分で設定できるのも大きいです。たとえば仕事を休んで子どもと旅行に行ったり、遠出したりすることもできます。自分の場合、年度末の3月末に仕事が集中して、4月頭にぽっかり仕事が空きがちなので、まとめてザーッと休んでしまいますね。会社員だと難しいですが、独立してからはそんな働き方もできるようになりました。

(酒井)フリーランスだと仕事がなくて困る、という方も多いかと思います。

(清水)そうですね。最近だと、コロナ禍は特に大変だったと思います。それまでは実写の撮影の仕事があったんですけど、一気になくなってしまって。カメラマンなど、人に会わなきゃいけない仕事の人たちは「どうすればいいの?」っていう感じでした。

ただ自分の場合は、ありがたいことにアニメーションの仕事を多くいただきました。僕は実写もアニメもグラフィックデザインもやるので、守備範囲が広いこともあって、仕事の相談をしやすかったのだと思います。

質問3 CEKAIには、どのような魅力や可能性を感じて所属されているのですか?

(酒井)清水さんは独立後、クリエイティブアソシエーションの「CEKAI」に所属されています。どのような魅力を感じているのでしょう。

(清水)CEKAIでは、マネージャー業務をお願いしていました。具体的には、仕事の案件が来たら連絡を返して、報酬の交渉や、スケジュール調整をしてもらいます。そのおかげで僕はひたすら絵を描いたり、映像をつくったりと制作に集中することができます。

(酒井)連絡の窓口、金額交渉、スケジュール管理を自分で行いながら作業をする、というのがフリーランスの主流ではあるのですが、それだとなかなかつくることに集中できないですよね。

(清水)そうなんですよ。最初は自分でやっていたのですが、嫌な感じのしない断りメールを送ろうとして半日が終わってしまったこともあります。その時間を使って、モノづくりがしたいはずなのに。

僕は独立後、ありがたいことにこれまで会社員として培った人脈などから、さまざまなお仕事をいただくことができました。ただ、自分が窓口になってしまうと、仕事をお断りするのが難しくなります。まず案件の予算やスケジュールなどがメールなどで送られてくるのですが、日程が難しいとお断りするんです。でも、次は電話で「この部分だけでもお願いできますか?」と言われてしまう。電話で言われてしまうと、つい受けてしまって……。

結局、“この部分”だけでは終わらなくて時間がかかってしまい、自分の首を絞めてしまっていたんです。

(酒井)いまは奥さまがマネジメントをされていると伺いました。

(清水)はい。妻は専業主婦だったんですけど、子どもが小学校に通いだして、あまり手がかからなくなったタイミングで僕が提案しました。企画書をまとめて、奥さんに「このまま行くと出費がこうなるから、仕事を始めたほうがいい」と話しました。そこで、手っ取り早いのは自分のマネジメントをすることだよとプレゼンしました(笑)。

(酒井)なるほど。奥さまも美大出身ですか?

(清水)そうです。ムサビの映像科の1学年上の先輩でした。そのため、ある程度業界については知っているのですが、生活が一番大事なので、容赦はないですね(笑)。

> 後編を読む


<講師プロフィール>
清水貴栄/映像作家、アートディレクター

1987年長野県松本市生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、会社員、フリーランスを経て2022年にデザインと映像の会社Let’s go incを東京に設立。こども番組のデザインや、コラージュを使ったアニメーションミュージックビデオ、人形劇を取り入れたTVCMの映像演出など、人の気持ちが前向きになる作品づくりを得意とする。