学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師はアートマネージャーの三木茜さんです。複数プロジェクトの事務局運営や制作進行を手がける三木さんに、仕事で大切なスキルや値付けの考え方など、フリーランスに必要な考え方をお聞きしました。

●ゲスト講師 三木 茜(アートマネージャー)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)

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質問3 どうやったらアートマネージャーになれるんですか?

(酒井)さまざまなアートプロジェクトの裏方として、あらゆることに関わる特殊なお仕事だなと思うんですが、どうやったら三木さんのようなアートマネージャーになれるんでしょうか?

(三木)アートマネージャーという肩書は業界に浸透していないので置いておくとして……。フリーランスでいろいろな事業に関わることを目指すのであれば、美術関係の組織でいったん働くという方法があると思います。いっぽうで、正直、美術関係ではない仕事をしていることの方が、むしろメリットがあることも多いと感じますね。Webデザインや翻訳、編集など、アートや芸術とは異なる分野で創造的な活動をされてきた方は、客観的な視点を持っているので、チームの中でも重要な存在になってきます。

裏方の仕事はたくさんあるので、いつでも始められると思いますよ。需要はあるけど、「裏方専門」でやる人があまりいないんです。

(酒井)アート業界のなかで、裏方の仕事をする人が少ないのはなぜなんでしょう。

(三木)たぶん、いままでもその業務をやっている人たちはいたんですが、名前が表に出てこなかったから知られていないだけなのかもしれません。たとえば、キュレーターが二足のわらじで事務局も担当していたり、デザイナーが制作進行を兼務していたり。みんなでフォローし合って頑張っていたけど、裏方に専念してくれる人がいたら楽なのになと思っている人がたくさんいたんだと認識しています。

(酒井)なるほど。専任でバックオフィスを担当してくれる人がいれば、それぞれの役割の人がフルスイングできるんじゃないかと明らかになってきたわけですね。

(三木)そういうことだと思います。特にコロナ禍以降、コミュニケーションの機会はかなり減少しました。限られたミーティングでいろいろと決定する状況が増えてくると、雑談もそこそこに切り上げて、なるべくリスクを取らない方向に議論が進みやすい。でも、本当はちょっと大胆な手を打つべきだったということはよくあるんです。大胆な手を選べないのは、なんとなく不安だからなんですよ。議論に参加している人たちは、「こんな提案をしたら、面倒な仕事が増えてしまいそうだな」「自分が言い出しっぺになると、厄介なことを任されそうだな」となんとなく感じやすい。でも、そのチーム内に進行管理を任せられる人がいて、適切にスケジュール管理や役割分担をしてくれるとわかれば、大胆なアイデアも実現しやすくなると思うんです。

(酒井)よくわかります。私もプロジェクトマネージャーとして仕事をするとき、優秀なアシスタントがついてくれるときは難易度の高い企画を立てやすいなと感じます。

質問4 さまざまな人と関わるなかで、ストレスを溜め込んでしまうことはありませんか?

(酒井)次の質問です。裏方としていろいろな立場の人と関わっていると、相手と衝突したりストレスを溜め込んでしまったりしませんか?

(三木)ストレスは常にある程度ありますが、むしろストレスがない状態のほうが不安になってしまう性質なので、ちょっと負荷がかかっているくらいがやりがいを感じますね。対人関係のストレスについては、あまり気にしないようにしています。どうしても関わるのが難しい人がいる場合は、別の人に入ってもらうように調整すればいいんですよ。もしかしたらコミュニケーションの機会が少なくて相手のことをよく知らないだけかもしれないので、電話をかけてみたり相手に会いに足を運んだりすることもあります。

最近気になっているのは、若い世代の人たちとの関係です。彼らのやりたいことのために自分が貢献できているか、よりよいものを一緒につくれているかをいつも模索していて、なるべくコミュニケーションをこまめに取るようにしています。

(酒井)人間は若干のストレスがあると一番成長するとも言われます。コンフォートゾーンにとどまらずに少しだけストレスをかけていくことは成長につながるし、それ自体がクリエイティブなことでもあると思います。

質問5 裏方をしながら創造性を発揮するには、どういうスキルや心構えが必要ですか?

(酒井)バックオフィスや裏方というと、どうしても「誰でもできる作業をこなす」という印象を持たれがちですが、三木さんのお話を伺っているとクリエイティビティを発揮できる可能性のある仕事なんだなと感じました。裏方をしながら創造性を発揮するためには、どんなスキルや心構えが必要なんでしょうか?

(三木)ありきたりかもしれませんが、人の話を聞くことは大切です。相手がなぜそういう発言や提案に至ったのかを想像し、本当にやりたい部分を探るために、まずは話を聞くこと。もしかしたら、その発言の裏側にもっとやりたいことがあるかもしれないし、別の方法を一緒に試せる可能性もあります。なぜこの人がこういう提案をしたのかを、議事録や過去のやりとりを遡って想像して、よりよい方法を提案していく。そういった姿勢が必要だと思います。

(酒井)立場の違う相手との対話だからこそ、しっかりと理解を示そうという姿勢が重要になりますね。

(三木)アートマネージャーは板挟みになることのほうが多いんです。業者はこう言っている、キュレーターはこう言っている、作家はこう言っているという具合に、予算や条件などが立場によって噛み合わないことは頻繁にあります。

そんなときは、そこにいる誰の立場でもない視点を持ち込むように心構えています。お客さんの視点かもしれないし、公的な視点かもしれませんが、別の視点を入れることで、解決の糸口が見えてくることが多いんです。

私はなるべく、どんな業務も少しずつ経験したいと考えています。たとえば、最近の戸田建設の仕事では、作家との打ち合わせにも参加するし、現場調査にももちろん行きます。作家のインタビュー動画を撮影したら、その字幕のチェックもしたいし、字幕の英訳の整合性も確認したい。動画のサムネイルやキャプションがどう見えるのかについてもデザイナーの話を聞きたい。そうやって数珠つなぎに関わっていくことで、それぞれのプロフェッショナルの仕事を間近で見ることができるんです。プロフェッショナルはこういう仕事をするんだなと学ぶ場になっています。

最近になって「自分はこれが得意なのかも」と思えているのが、議事録作成です。あいちトリエンナーレのときに、複数のキュレーターが集まる会議の議事録を取る機会があって、大変でしたがすごく達成感がありました。議事録のクリエイティビティは奥が深いんですよ。無駄なく書いて、その議事録を見た人が打ち合わせに参加していたかのように要件が伝わるようにすることには、やりがいがあるし楽しいんです。

(酒井)どんなメモの取り方をされているんですか?

(三木)議事録を取るときは、その人の話し方の特徴を捉えることが大切ですね。考えていることをずっと喋ったあとに結論を述べる人もいれば、「結論はこうです、なぜかというと」と話し始める人もいらっしゃいます。ひとまずザーッとメモを取ったあと、それぞれの結論を抜き出して書くんです。そして、なぜその結論に至ったのかを下に書きます。

この画像は、私が「命のメモ」と呼んでいるものです。以前の先輩キュレーターから学んだ書き方で、紙に十字を書いて優先順位にしたがって情報を整理します。プロジェクトごとにブロックを分けて、やらなければいけないタスクを書き出していって、緊急度の高いものにはハイライトします。時間が経って緊急度が上がったものには別の色でハイライトをして、作業が終わったものは斜線で消していく。どんどんカラフルになっていくんですが、その中にいつまでも残り続けているタスクが見つかって、それがいわば時限爆弾なんです。そういう項目は自分には結論を出せないものがほとんどで、タイミングを見て「これってどうしますか?」とクライアントや上司に質問します。こうすると“ケガ”が減りますね。周りの人が嫌な思いをしないようにすることは、アートマネジメントの仕事では大事です。嫌な思いをするとクオリティが下がるので、機嫌よく効率よく働けるように周りの人の癖は意識しています。

質問6 仕事を取るための営業活動や値付けはどのようにされていますか?

(酒井)仕事を取るための営業活動や、値段設定などについてお聞かせください。相場もあるのかないのか難しいところかと思いますが、どんなふうに値付けされていますか?

(三木)営業活動はこれまでしたことがなく、知人から声をかけてもらって仕事を引き受けていくという形です。金額設定については、見積を求められたときには、必要なコストに30%上乗せして出すようにしています。個人事業主は自分で税金を納めなければならないので、プラス30%しておくと税金が引かれても相応の金額になるのかなと思っています。
予算が合わなくて断るケースはあまりないですね。「三木さんに支払える金額はこれだけです」と言われたら、「では、私ができるのはここまでです」と業務範囲を区切って提案します。

時給や日給に換算する方法もあって、時給なら3000円を下回らないように設定しています。これが最低ラインですね。これは、平日決まった時間に働くときの時給ではなくて、クライアントの都合に合わせて私の時間を提供するフレキシビリティへの対価として高めに設定しています。よりピンポイントな要望になれば、時給3500円や4000円に設定することもあります。

フリーランスなのに変に思われそうですが、仕事を続けていくために自分の勤怠管理もしっかりと記録をつけています。朝は何時から仕事を始めて、昼休みは何時からで、どこかの打ち合わせに行く際の移動時間も含めて、その仕事にかけている時間を記録します。「今日はこの時間で仕事を切り上げる」と自分で決められないと、終わりが見えなくなってしまうんですよね。やっぱり、自分で自分のマネジメントをしておかないと、長期的に働くのは難しいと思うので。

(酒井)時給を意識することは本当に大事ですね。ご自身で出退勤の管理をされているのは驚きましたが、時間のコスト意識をしっかり持たれているのは素晴らしいと思います。

質問7 10年後、20年後のことをどのように考えていますか?

(酒井)最後の質問になります。三木さんはどのくらいのスパンで人生設計をされているのでしょうか。10年後、20年後のことをどのように考えていますか?

(三木)自分の仲間になってくれそうな若い世代を増やしたいという気持ちがあるので、できれば10年後にはアートマネジメントの事務所を立ち上げられるくらいになっていたいと思います。フリーランスはどうしても仕事の不安定さがネックになりますし、案件はあっても個人のキャパシティ的に引き受けられないこともあります。エージェント業のようなことができたら、関われるプロジェクトも増えるでしょうし、楽しそうだなと。そういう事務所に新卒で入ってきて、いろいろなプロジェクトのコーディネーターや制作進行の仕事を経験する中で、自分の興味や適性を見つけていけるような場所をつくりたいです。

(酒井)先ほども話されていたように、アートマネージャーの仕事が広がっていって、アート業界の人たちが自分のやるべきことに集中できる環境が整っていくと、業界もいい方向に変わっていくんでしょうね。

(三木)そうですね。以前ある人から聞いた言葉ですが、人が幸せを感じるのは自由であるときで、自由であると感じるときは選択肢が多いときなんだそうです。働いてもいいし、勉強してもいいし、なにか自分で立ち上げるのもいい。いくつも選択肢があって選べるときにこそ、個人の専門性が発揮されるんだと思います。そういう環境を整えることのお手伝いができたらいいですね。


<講師プロフィール>
三木 茜/アートマネージャー

武蔵野美術大学油絵学科版画専攻を卒業後、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ修了。アートフェア東京、あいちトリエンナーレ2019、六本木のアートスペースANB Tokyo等の事務局を経て、2023年よりフリーランスとして活動。アートと社会をつなぐさまざまな事業のバックオフィスに進行管理や制作として関わる。最近の活動に、文化庁アートクリティック事業、HERALBONY Art Prizeなど。