学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。今回の講師はアートマネージャーの三木茜さんです。油絵学科版画専攻を卒業後、イギリスの大学院でキュレーションを学び、芸術祭やアートスペースの運営など、さまざまな現場でバックオフィス業務を経験。2023年からフリーランスのアートマネージャーとして独立し、複数プロジェクトの事務局や制作進行を手がけています。アート業界の裏方として創造性を発揮する仕事の醍醐味をお聞きしました。

●ゲスト講師 三木 茜(アートマネージャー)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


アートマネージャーとして複数のプロジェクトを並行して進行

酒井博基(以下、「酒井」)三木さんは「アートマネージャー」としてフリーランスで活動されていますが、どのような仕事をされているのでしょうか。

三木 茜さん(以下、「三木」)アートと社会をつなぐ事業のバックオフィスに進行管理や制作として携わっています。現在は4つのプロジェクトに並行して関わっていて、各事業での肩書は、プログラム・アドミニストレーター、コーディネーター、事務局アドバイザー、制作進行とさまざまです。アートマネージャーはいまのところ自称ですね。

仕事内容はそれぞれのプロジェクトによって少しずつ違うのですが、共通している業務をまとめると「コミュニケーション」「データ作業」「現場」の3つに絞られます。

特に重要なのは、「コミュニケーション」ですね。ミーティングに参加したり連絡調整をしたり。ただミーティングに参加するだけでなく、そのミーティングに誰が参加していて、どんなことが話し合われて、次になにをしなければいけないのかを把握して、それを取りまとめて全員に共有することが重要です。「あなたの担当するタスクはこれですよ」「次の締切はいつですよ」「このタイミングでまた連絡を取りましょうね」といった交通整備をすることが、アートマネージメントで一番求められる業務なのかなと思います。

「データ作業」というのは、資料作成や進行管理の作業のことです。スケジュールを組んだり予算書類を作ったりする作業には向き不向きがあるので、苦手な部分は人に頼ったりAIにやってもらったりもしています。どちらかというとコミュニケーションのほうが大事ですね。

もうひとつの「現場」は、作品や場所の管理のことです。作品を見ることや会場の広さを確認することも大切ですが、会場にお客様が入ってくるときにどんな動線だったら違和感がないかとか、どこにサインを設置したらよいかなどを考えます。主催者側の目線だけでなく、別の人の視点を持ちながら現場に立つことを意識しています。

質問1 アートマネージャーという仕事をされている経緯を教えてください

(酒井)ここからは、7つの質問を通してさらにお話を聞いていきたいと思います。現在はアートマネージャーをされている三木さんですが、ムサビでは油絵学科版画専攻で作品制作に勤しみ、卒業後はイギリスの大学院でキュレーションを学ばれました。どのような経緯で現在の仕事をされているのでしょうか?

(三木)高校生のときは美大に行くことが目的になってしまい、美大に行ってなにがしたいのか、卒業してからどんな仕事をしたいのかはけっこうぼんやりしていました。とにかく美大で制作をすることが自分の関わりたい世界で生きていくための唯一の方法だと思って頑張っているところがありましたね。ただ、もし365日いつでも好きなように制作できる環境があったとしたら、自分はなにも生み出せないんじゃないかと気づいたんです。ファインアートの分野には、制作をし続けないと生きていけないようなタイプの人がたくさんいますが、自分はそうではないなと。

大学在学中に展覧会の企画などをするキュレーションという分野があることを知って、海外の大学院でキュレーションを勉強したいなと思い、留学することを決めました。卒業後1年間は、英語の勉強をしながらアルバイトで展覧会の手伝いなどをしつつ、いろいろな展覧会に足を運んでいました。念願かなって留学したんですが、大学院の同級生たちは社会人経験を経ている方が多くて、自分の経験値の低さをコンプレックスに感じていたんですよね。自信を持って「キュレーターになりたい」と言えなくなってしまったけれど、アートに関わる仕事はしたかったんです。

帰国してからは、アートフェアや芸術祭、アートスペースの運営など、さまざまな形でのバックオフィスを経験しました。「アートフェア東京」という国内外のギャラリーが参加する見本市では、まず広報業務を経験し、その後はギャラリー担当になりました。いろいろなギャラリーや美術商を訪ねて、「アートフェアに出展しませんか」と営業するような仕事です。

そのあとは「あいちトリエンナーレ」の事務局に参加しました。働き始めたときは業務委託だったんですが、途中から愛知県の臨時的任用職員という立場に変わりました。県職員なので、なにか備品を買うにも稟議を通す必要があったり、朝礼に参加しないといけなかったり、なかなかカルチャーショックでしたね。

いろいろな現場で裏方の仕事をするうちに自信もついてきて、もっと自分で仕事を選びたいなという思いもあって、フリーランスになることを決めたという経緯です。

(酒井)実は私たちの目に入っているものはプロジェクト全体のごく一部分で、裏方の仕事が大きな割合を占めているんですよね。現場での実践を重ねながら、自分の適性やモチベーションを見出していかれたのでしょうか。

(三木)たとえば「あいちトリエンナーレ」では、私はアシスタント・キュレーターという立場で「輸送」を担当していました。市内にある複数の会場に、どの国からどの作家のどんな作品を、どのタイミングで、どういうコンディションで送るかを緻密に整えていく作業です。それがうまく決まって着地したときはすごく気持ちよくて。こういう経験を重ねていって、自分の気持ちと適正が合致していったのかなと思います。

(酒井)輸送担当というと、一見クリエイティブではない役割のように思えますが、そこに創造性を見出されたのは素晴らしいですね。

(三木)私は最初から輸送の仕事もクリエイティブだと捉えていたので、本当に楽しかったですよ。輸送という窓口に立つことで、すべての会場のすべてのキュレーターと話ができますし、輸送会社とも現場の担当者とも関わることができます。しかも、自分が作成した行程表にしたがって現場の人たちが協力してくれる。もちろん大きな責任を伴いますが、いい意味でのプレッシャーやストレスという感じでしょうか。

(酒井)フリーランスとして働き始めるときは、不安はありませんでしたか?

(三木)私のポリシーとしては、依頼する側には「なにをどういう目的で依頼しているのか」を明確にする義務があると考えています。つまり、「事務局できますか?」という相談の裏側には、「だいたいの予算と関係者とスケジュールは決まっているけど、それをさらに明確にしてTodoを整理して、自分たちの気づいていない部分にも気づいて対応してもらえますか?」という意味が含まれているんですよね。その要望に対して完璧に対応できる人って、たぶん存在しないと思うんです。基本的に仕事というのは、依頼主としっかり話し合いながら、成功と失敗を重ねてつくりあげていくものなんだと思います。

自分が誠心誠意その仕事に取り組む以上、相手にも誠意を求める厳しさを持つのは必要なことです。依頼主自身がなにを頼みたいのか、よくわかっていない場合もあります。そういうときは契約書から一緒につくるようにしています。そうすることで、同じ方向を向いているという認識を相手と共有できるんです。

最初のころは、依頼をいただけることがうれしくて「なんでも私がやります」と引き受けてしまって失敗していました。自分が何日か徹夜すればできそうな気がして「やります」と言ったけど、それは自分のためにもプロジェクトのためにもならなかったなと反省しています。やっぱり、知識や経験は関わっている人たち全員で共有すべきものです。自分から共有することで、相手からも共有してもらえる。それがいまの心の余裕につながっていると感じています。

(酒井)非常に深いお話ですね。クライアントとの関係を単なる発注側・受注側という構図で捉えるのではなく、プロジェクトの成功を第一に考え、最適な状態になるようにお互いに工夫しながら着地点を探っていく。そういった関係性をクライアントにも求めているわけですね。

(三木)そうですね。特にフリーランスになってからは、意識的に「自分は下請けで仕事をしている」とは考えないようにしています。これはほかのさまざまな職種にも共通することだと思うのですが、発注を受けたことで自分が下請けになっているという意識を持つと、クリエイティビティを発揮できなくなってしまうんです。相手と同じ目線に立って、「そういう結果を出したいなら、これは避けたほうがいいですよ」とか、「こっちのほうが効率的だと思います」といった提案のできる立場になったほうがいい。そういう関係性で働くことを我慢するのは、ある意味ではフリーランスという立場のメリットを手放しているようなものだと思います。

(酒井)よくわかります。フリーランスや自営業を続けていると、発注者の姿勢から「この方とは違和感がある」と感じ取れるようになってきますよね。そういうときにきちんと距離を置けるかどうか、断れるかどうかというのは、私たちにとってとても重要な権利なのかもしれません。

(三木)そうですね。お金が価値の中心になると、お金を出しているほうが強い立場になりがちです。でも、お金を出しているほうは、そうしないと実現できないことがあるから、お金を払うわけです。つまり、自分は相手がどうしても実現させたいことを手助けしている立場なんですよね。私はそれを自分の頭と体で実現できる。そう思うと、自分が職を失うことはないかもしれないなという自信が出てきますね。

質問2 現在、いくつのプロジェクトを抱えていて、それぞれどのような役割を担っていますか?

(酒井)続いての質問です。いま抱えているプロジェクトと、それぞれの役割をお聞かせください。

(三木)現在は4つのプロジェクトに携わっています。

戸田建設の「ART POWER KYOBASHI」は、東京都中央区の京橋街区をアートで盛り上げていこうという取り組みです。アーティゾン美術館に隣接している戸田建設の新しい本社ビルを舞台に、現代美術の第一線の作家たちを紹介しています。このプロジェクトにはコーディネーターという形で関わっています。

戸田建設 APK PUBLIC Vol.1 持田敦子《Steps》2024 (撮影:ToLoLo Studio)

文化庁の「アートクリティック事業」は、批評家を支援する事業です。美術業界では作品を作る人、企画する人、売る人、広める人などがいますが、作品を評価して文章に残していく歴史家や批評家の存在も重要です。ただ、彼らがリサーチしたり交流するための制度が十分に整っていないのが現状で、そこを行政のお金を使って支援するプロジェクトですね。私はプログラム・アドミニストレーターという肩書で参加しています。

3つ目は、大丸松坂屋百貨店の「Ladder Project」です。若手作家の新作制作を支援する取り組みで、毎年1〜2人の作家を選び、制作費用と発表の場をサポートしています。ここでの私の役割は制作進行です。

もうひとつ、ヘラルボニーという会社が行う障害のある作家を対象とした国際芸術賞「HERALBONY Art Prize」では、事務局のアドバイザーとして関わっています。もともと知的障害のある作家の作品のライセンス管理を行ってきた会社が、より多様な作家の発掘とサポートを目指して立ち上げたプロジェクトですね。アートのアワードは進め方や関わってもらうべき人などが決まっているので、スケジュールを引いたり作品管理のやり方をサポートしたりしています。

HERALBONY Art Prize 2024 授賞式の様子(撮影:北川滉大)

(酒井)大きなプロジェクトばかりだと思いますが、仕事量はどのようにコントロールされているのですか?

(三木)仕事量はいまも模索しながらという感じですね。基本的にはあまり依頼は断りたくないのですが、先方からの相談を聞いていて「やりたいこと」やビジョンがあいまいなときは、「もう少し計画が具体的になったら相談してください」とお願いすることもあります。

スケジュール管理という意味では、平日や休日という考え方はなくなりましたね。週7で働くこともあるし、休みたいときはいつでも休めます。1カ月くらい海外に長期で行ってデトックスしているんですが、どこにいても仕事はできるので、スケジュールさえ調整できれば長期の休暇も取れる。週7で働くときは、1日6時間以上は働かないというルールを設けるなど、自分の体調管理は意識しています。


後編では、アートマネージャーとしてさまざまなプロジェクトに携わる三木さんの仕事術や値付けの考え方など、さらに踏み込んだお話をお聞きします。

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<講師プロフィール>
三木 茜/アートマネージャー

武蔵野美術大学油絵学科版画専攻を卒業後、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ修了。アートフェア東京、あいちトリエンナーレ2019、六本木のアートスペースANB Tokyo等の事務局を経て、2023年よりフリーランスとして活動。アートと社会をつなぐさまざまな事業のバックオフィスに進行管理や制作として関わる。最近の活動に、文化庁アートクリティック事業、HERALBONY Art Prizeなど。