学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけ学ぶ課外講座。フリーランスのイラストレーター・くらちなつきさんに、イラスト案件の値付けの考え方や、不安を乗り越えて好きなことを手放さないマインドなどを伺いました。
●ゲスト講師 くらちなつき(イラストレーター)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)
質問4 イラストのお仕事を取るための営業って、どんなことをしていますか?
(酒井)イラストの案件はどんなふうに依頼されることが多いですか?
(くらち)基本的にはメールです。依頼してくださる方々がどこで私を知ってくれたのかはあまり聞いたことがないのですが、なかには「Instagramを見ました」「過去のお仕事を見ました」という方もいます。
(酒井)依頼はギャラに関係なく、ほとんど引き受けるスタイルとのことですが、これだけは譲れないという条件はありますか。
(くらち)基本的には著作権譲渡はお断りしています。もちろん、内容によりけりですが。
(酒井)著作権を譲渡するということは、イラストを買い取りさせてください、というスタイルですね。
(くらち)はい。こちらとしては自分が手がけたイラストが、依頼いただいた用途外で勝手に使われてしまうのが怖いですし、それに伴う追加費用が発生しないのも不本意です。著作権譲渡を希望される方には、そう伝えて交渉しています。
(酒井)自分自身のブランディングという意味でも、意図しない使われ方をされてしまうのはよくないですよね。この著作権については作家をリスペクトしてほしいという願いでもあると思います。逆に、こういう依頼が来たらうれしいな、というものはありますか?
(くらち)そうですね、「前からイラストを見ていて、すごく好きです」というように、個人的な感想をメールに書いてくれる方はうれしいです。あとは文章のディティールがしっかりしている人は、丁寧でやりやすい。そういう方はだいたいメールの返信も早いですね。
(酒井)くらちさんもメールの返信が早いですよね。今回の講師をお願いするメールもすぐに返事が来ました。こうした仕事を丁寧にこなすことで、きっとリピーターが増えると思います。これも営業努力のひとつなのでしょうね。ところで、くらちさんは案件を獲得するためにどんな営業をしているのでしょうか。
(くらち)フリーランスを始めたばかりのころは営業の仕方がわからなかったので、周りのイラストレーターの先輩に教えてもらっていました。そのアドバイスの通り、ポートフォリオをつくって出版社に送ったのですが、結局お仕事につながりませんでしたね。
一番効果的だったのは、自分のwebサイトをしっかりとつくること。そして、SNSはやれるだけやって、連絡は丁寧に返すことです。返信が遅い、納期を守らないというのはアウトですね。イラストを発注する方は大体急いでいることが多いので、返信は早めにしています。こうして一つひとつ丁寧にやっていかないといけないな、と。
(酒井)この営業方法はなにより効果的だと思います。
(くらち)絵がうまいイラストレーターは、世の中にいっぱいいると思うんです。でも、たとえ絵がよくてもメールの返信が遅い、打ち合わせに遅刻する、納期を守らない、そういう人は信用が得られにくいと思います。意外と絵よりも大事なんじゃないかって思います。
(酒井)たとえばメールの返信にも、自分流のルールはあるんですか?
(くらち)そうですね、イラストを描いているときにメールが来たら、一度手を止めてメールの返信をします。メールが最優先です。というのも、私は文章が得意ではないので、時間をかけて書き、読み直して、誤字がないか確認しているからです。特に最初の交渉段階では気をつけていますね。文章に比べるとイラストのほうが確認するところは限られているので、気が楽なんです。
質問5 イラストレーターのお仕事って、どのように値付けしていくんですか?
(酒井)次の質問です。仕事を受けるうえで重要な要素のひとつになるのが“値付け”だと思います。どのように交渉していくのでしょう。
(くらち)値付けの交渉は毎回緊張します。相手の予算がわからない状態で「見積をください」と言われることも多いんです。私は下手に出てしまうことも多いのですが、その兼ね合いは結局、いまも分からないままですね。だから、もう正直に自分がやりたい値段でいいと思います。値付け自体にルールがないですから。
ただ怖いのは、安い価格設定にしてしまうこと。安くしすぎてしまうと、「この人はこんな値段で受けてくれるんだ」となってしまう。そこのラインがわからなくて、心理戦のゲームのようになってしまっています。
(酒井)なるほど。ただ「好きな金額」となると、人によってばらつきが出てきてしまいますよね。ある人は車1台分とか。あるいは、これまで作家性を積み上げてきたのだから、初任給の3カ月分とか。くらちさんのなかでなにかしらの基準はありますか?
(くらち)その仕事の「拡散力」というのがひとつあります。つまり、どれくらいの人が見るのか、ということです。たとえば、web広告ならページを開いたところでしか見ることはできないですが、渋谷の街頭で流れる大きな電子広告なら大勢の人が見るじゃないですか。それだけ多くの人が見るものであれば、その分高めに交渉します。
あとは「時間」もあると思います。スケジュールがタイトなら、特急対応の料金をもらっています。時間がタイトであればほかの案件を一度お休みして、そちらに取りかからなければいけませんから。
もうひとつは「作業量」でしょうか。一枚絵で密度の高いイラストの場合と、人間をひとりポンと描くだけでは、やはり作業量は違います。交渉のときは「この絵だと、これだけ手数も時間もかかって、すごく大変。だから、これだけ値段をプラスさせていただきます」と、細かく内訳を説明しますね。
(酒井)確かに、拡散力があるということは社会的影響力も高く、社会的責任もあるということになると思います。そうなるとトラブルに対する被害も大きくなりますよね。もちろん、そういう案件であれば相応の予算はついていると思うので、きちんと交渉すべきでしょう。このような値付けに対する考え方は、どのように身につけてきたんですか?
(くらち)いまも正解にいきついたわけではないのですが、失敗しながら、ですね。フリーランスを始めたばかりのころは本当になにもわからなくて、ビジネスメールの書き方もわからないレベルからのスタートでした。だから、メールのやり取りをしている相手の文章を真似していましたね。もちろん、値段も交渉もわからなかったので「申し訳ないのですが、ちょっとわからなくて」と、正直に伝えたこともあります。
(酒井)わからないことをわかった風で済ましてしまうと、あとになって大きなトラブルにつながる可能性もありますからね。若い間は「調べたんですけどわからなくて」と、相手に教えてもらうことは失礼に当たらないと思いますよ。若者の特権です。
(くらち)そうですね。わからなかったら、素直に聞いちゃうのが一番です。ただ、最低限教えてもらう前に自分で調べてみなければいけないとは思います。
質問6 不安を乗り越え、好きなことを手放さないためにはどうすればいいですか?
(酒井)イラストレーターを始めるときもそうですが、これまでたくさんの不安と向き合ってこられたと思います。そんな不安の中でも、フリーランスのイラストレーターという仕事を手放さなかったのは、なぜなのでしょうか。
(くらち)やはり、イラストが一番の趣味であるということです。趣味の延長で仕事をしているという感じなので、これだけは手放してはいけないな、という気持ちがあります。体調管理をしっかりして、がむしゃらに働くということをしないのも、好きだったイラストを嫌いになりたくない。そうなるのが怖いという思いがあります。
(酒井)「手放さなかった」ではなく、イラストが好きではなくなる環境を「避けてきた」?
(くらち)そうですね。あくまでも自分の場合はですが、就職をしなかったということも、就職してしまったら、デザインもなにもかもが嫌いになってしまいそうだったからというのが大きいです。
(酒井)未熟で経験値がなくても、自分自身が望む環境を作っていく。そういうところに対して、くらちさんは表現と同じくらいエネルギーをかけていらっしゃるのかなと感じました。
(くらち)最初はもちろん大変でした。でも、いまはめちゃくちゃ楽しいですね。仕事に対してのストレスは全然ありません。だからこそ、この状態をキープしていきながら、ずっと仕事を続けていきたいと思っています。
質問7 10年後、20年後のことを考えることはありますか?
(酒井)最後に未来についての質問をさせてください。10年後、20年後といった、ちょっと先の未来を考えることはありますか?
(くらち)先輩イラストレーターの方たちの話を伺うこともあるので、考えることはあります。40〜50代ぐらいのみなさんが「歳を取ると仕事が減る」と言っているので、怖いなあと。
(酒井)そうなんですか?
(くらち)仕事を依頼してくれる人は20代半ばの若い人たちが多いと思います。そんなときに依頼するのが60代のイラストレーターだったとしたら、依頼しづらいかもなって。依頼する側に立って考えてみると、大先輩だとギャラも高くないといけないって、私だったら思ってしまうだろうな。多分、絵柄の問題ではなく「依頼のしやすさ」だと思います。
だから、歳を取ってもいまと同じように仕事が取れていけるようにしたい。そういうことはすごく考えています。
(酒井)具体的にいま、やっていることはありますか?
(くらち)現在は企業案件、つまりB to Bの仕事がメインです。ほかにも、消費者に向けたB to Cについても考えて実践しています。そのひとつとして、一般のお客様に買ってもらえる場所を増やしたほうがいいと考えて、オンラインショップをずっと続けていますね。陶芸作品もそこで販売しています。そういうものを細々と見つけていきながら、歳を取っていきたいです。
(酒井)なるほど。だからオンラインショップをやっているんですね。
(くらち)副業という感じでB to Cがあると結構助かりますし、ひとつに絞ってしまう怖さもありますね。
(酒井)ひとつに絞る怖さですか?
(くらち)新型コロナウイルスの騒動が、まさにそうでした。自分のせいではないのに仕事がなくなってしまった。またああいう状況になってしまうのはすごく怖いです。歳を取ってからもそうだし、いまも、仕事はひとつに絞らず、分散させながら生活を安定させる。これはずっと考えていかないといけませんね。
<講師プロフィール>
くらちなつき/イラストレーター
愛知県生まれ。2016年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、活動開始。横浜市在住。広告、書籍、雑誌、WEB、商品など様々な媒体で活動中。主なお仕事にマガジンハウスGINZAでの連載「22時の冷蔵庫」、ファッション誌の挿絵、アパレルブランドのテキスタイルやコラボレーションなど。
https://natsukikurachi.wixsite.com/illustration