学生が就職以外の進路を選択する際に知っておきたい予備知識を、ゲスト講師に“7つの質問”を投げかけて学ぶ課外講座。今回の講師はフリーランスのイラストレーター・くらちなつきさんです。
くらちさんは2016年に油絵学科を卒業後、そのままフリーランスに。主に企業などからイラスト案件を受注し、ポスターや雑誌の挿絵などの制作を行うかたわら、陶芸作品をネットで販売するなど多岐にわたって活躍しています。イラストレーターを志した経緯や、フリーランスを目指すことへの不安などについて、くらちさんにお聞きしました。

●ゲスト講師 くらちなつき(イラストレーター)
●聞き手 酒井博基(株式会社ディーランド代表取締役)


仕事と息抜きのバランスを保ち、心身を健康にすることで不安と向き合う

酒井博基(以下、「酒井」)まずはフリーランスのイラストレーターとして、どのようなお仕事をされているのか教えてください。

くらちなつき(以下、「くらち」)女性向けやファッション関連の媒体のお仕事が多いですね。内容としてはブランドのキービジュアル、商品のパッケージ、雑誌の挿絵など。珍しいものだと、資生堂香港の案件もありました。香港の制作会社からお声がけいただいたんです。とにかく依頼が来たものはいろいろ受けています。

マガジンハウスGINZAウェブ(ginzamag.com)で連載中の「22時の冷蔵庫」への掲載作品。「お仕事終わりの22時に帰宅した一人暮らしの女性が、簡単にできるスイーツを作って食べる」がテーマ。©ginzamag.com

(酒井)くらちさんのwebサイトには、これまで携わったさまざまなお仕事が紹介されています。これらは基本的には依頼を受けた仕事かと思うのですが、自分の好きなように制作する、自主制作活動なども行なっているのでしょうか?

(くらち)そうですね、時間があるときは自分の作品づくりにも取りかかっています。あとは、陶芸もやっています。最初は趣味にしようと思って教室に通い始めたのですが、いまでは陶芸作品も販売しています。

陶芸作品《Flower vase “Perfume Bottle”》。ヴィンテージのパフュームボトルをイメージして制作した一輪挿し。成形から絵付けまで、一つひとつ手作りしている。

(酒井)全部おひとりでやられているのですか?

(くらち)はい、ひとりで作品を作って、発送作業も自分でしています。もう慣れちゃいましたね(笑)。

(酒井)忙しくて十分に休めないこともあるんじゃないですか?

(くらち)私は割とすぐに体調を崩してしまうタイプなんです。いつも健康というわけではないからこそ、仕事量は無理のないようにコントロールしています。だから、これまで徹夜はしたことは無いんですよ。普段から絵を描くのが早いというのも大きいと思います。締め切りに追われて本当にまずい状況になったことは、いまのところないですね。

(酒井)身体があまり強くないとのことでしたが、本当にフリーランスは身体が資本ですよね。

(くらち)本当にそうです! たとえば会社員だったら、休んでしまっても有給を使えばお給料が出るじゃないですか。ほかにも、会社でなにかしらの保険に入っているということもありますよね。その点、フリーランスは自分の力だけでやっていかなければいけない。だからこそ、体調管理はすごく大事だと思っています。

(酒井)徹夜をしないこと以外に、気をつけていることはありますか?

(くらち)ストレスを抱え込まないようにすることは心がけています。フリーランスでやっていると、自分しかいないこともあって、つい毎日仕事をしてしまう。仕事をしていないと怖いというのが大きいんですよね。予定がぽっかり空いていると展示の予定を入れたり、グッズをつくったり。なにかしていないと不安になってしまうんです。

(酒井)ストレスを抱えないようにするために、具体的にはどのようなことをしているんですか?

(くらち)なるべく休憩する時間、遊ぶ時間をつくることです。夜10時以降は仕事をしないなど、自分のなかでルールをつくっています。いまでもちょっと怖いですけど、「ちょこちょこ仕事が入ってきているなら、今後ずっと仕事がないということはないだろう」と考えるようにすると、少し気が楽になりますね。もちろん、真面目にやるところはしっかりやる。でも、時間が空いたら思い切って遊んじゃう。そうやってバランスをとることが大事なのかなと思います。

質問1 油絵学科卒業からイラストレーターになった経緯を教えてください

(酒井)油絵学科からイラストレーターとなったくらちさんですが、なりたいと思ったきっかけと、イラストレーターになるまでの経緯はどういったものだったのでしょうか?

(くらち)街なかで見かける広告などのイラストは、絵に全然興味がない人でも思わず見てしまうと思います。そんなイラストを描く仕事ってかっこいいなと高校生ぐらいから思っていました。それがイラストレーターになろうと思ったきっかけです。

高校は美術科で、その流れでムサビの油絵学科に入学したのですが、油絵を描くことを仕事につなげていきたいかと考えたときに、私はそうは思いませんでした。やっぱりイラストレーターになりたい、と思って、大学2、3年ぐらいから雑誌『illustration』(玄光社)の「ザ・チョイス」というコンペに、とにかく作品を出しまくっていたんです。

当時、Instagramは単に“写真を投稿するアプリ”という位置付けでしたし、X(旧Twitter)などのSNSをきっかけに仕事を取るというのは、あまりなかったと思います。どうやってイラストレーターの仕事につなげようか、と考えたときに「とにかくコンペに応募するしかない。大学4年生までになにも通らなかったら諦めよう」と思ったんですよね。

(酒井)いつごろから成果が出始めたのでしょう?

(くらち)3年生のときに入選することができました。それが縁で知り合った編集さんから、4年生のときに、本当に小さな挿絵の仕事をもらうこともできたんです。

「仕事がひとつもないのにイラストレーターなんて名乗ることができない」と考えていたので、これを機にイラストレーターとして活動を始めるようになりました。

質問2 就職という道を選ばなかったのはなぜですか?

(酒井)デザイン会社に就職して、会社員となってイラストレーターの道を歩む方法もあったかと思います。なぜ就職ではなく、フリーランスを選んだのですか?

(くらち)自分が会社員になるというのが、どうしても無理だと思っていたことが大きいです。もともと集団行動が苦手ということもあります。人と一緒に過ごして、人と一緒に仕事をするのが本当に向いていない。学校生活でも、昼休みに仲の良い人たちとご飯に行くことすら苦手でした。

あくまでイメージですが、就職したら、毎日早起きして、満員電車で押しつぶされながら出勤して、与えられた仕事をして、ヘトヘトになって帰ってくるようになるのかなって。私の場合は、そこからイラストレーターとして絵を描いたり、営業をかけたりして独立しようにも、日々の仕事で潰れてしまうんじゃないかと思ったんです。

質問3 イラストレーターを目指すことに不安を感じていましたか?

(酒井)社会人経験のないまま卒業して、フリーランスのイラストレーターとなったくらちさんですが、当時不安はありましたか?

(くらち)不安すぎて大学3年生のときには不眠症になってしまいました。心身ともにボロボロになってしまいましたね。

(酒井)「フリーランスのイラストレーターになる」と周囲の人に伝えたときはどんな反応だったんですか?

(くらち)3年生になり就活が忙しくなる時期でもあったのですが、友人は誰も賛成してくれなかったです。「なんで、いきなりフリーランスでいくの?」「ちょっと危なすぎる」など、同級生たちからははっきりとやめたほうがいいと言われました。在学中に仕事はいただけていたけれども、今後継続して仕事をもらえる保証はない。会社に勤めれば、どんなに仕事ができなくても給料はもらえる、と。本当に誰も応援してくれませんでした。そんな状態ですから病んでしまって……。

(酒井)ご両親はどのようにおっしゃってたんですか?

(くらち)大学に入学する前は「あなたはイラストレーターに向いてないからやめたほうがいいよ」と言われていましたね。でも、親は大学に入学してから、特になにも言ってはいなかったです。だからイラストレーターになると決めてからは、割と勝手に動いていました。

(酒井)それでも、フリーランスになるという決断ができたのは、なぜでしょう?

(くらち)自分にはなにもできないですが、絵を描くことはできる。だから、「これをやりたいからやっている」というよりも「これしかできないから、これをやってみたい」という思いが強かったんです。それが決断できた理由かもしれません。

(酒井)コンペで入賞して仕事の獲得につながったことで、少し社会に認められた、ということも後押しになりましたか。

(くらち)そうですね。自分の絵を褒めてもらって、仕事をもらえたことはすごくうれしかったです。

(酒井)周りに反対されているなか、自分の信念だけでフリーランスのイラストレーターになるのは、なかなか難しいと思います。なにか自分の自信につながる、自分を肯定できる材料があったのでしょうか。

(くらち)SNSに投稿した作品が評価されたことも大きかった気がします。仕事を得るためにSNSに作品をあげていたところ、海外の人から「いいね」とコメントをもらえたり、作品を買ってもらえたりするようになったんです。そんなふうに、身近な人でなくとも誰かから褒めていただける機会が少しずつ増えていきました。

(酒井)それはすごい。ちゃんと自分の作品を見てくれる人、自分の作品が好きな人がいるということですからね。

(くらち)そうですね、今でもずっとSNSは頼りにしています。特にInstagramは活用していますね。

(酒井)フリーランスの世界に飛び込むには、多かれ少なかれ不安はつきものです。くらちさんのように、強い信念はもちろん、自分の作品を認めてくれる存在というのも大切ですよね。後半では作品や仕事に対する値付けのことも聞かせてください。


不安に押しつぶされそうになりながらも歩み始めたフリーランスの道。活き活きと活動するくらちさんを見ていると、その選択が決して間違いでなかったことが見受けられます。後半では作品の値付けや不安を乗り越え、好きなことを手放さないためにできること、そして10年、20年先の未来についてもお聞きします。

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<講師プロフィール>
くらちなつき/イラストレーター

愛知県生まれ。2016年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、活動開始。横浜市在住。広告、書籍、雑誌、WEB、商品など様々な媒体で活動中。主なお仕事にマガジンハウスGINZAでの連載「22時の冷蔵庫」、ファッション誌の挿絵、アパレルブランドのテキスタイルやコラボレーションなど。
https://natsukikurachi.wixsite.com/illustration