<卒業生データ>
江波戸李生
2013年 大学院修士課程 空間演出デザインコース修了

株式会社電通
第3CRP局
クリエーティブ・ディレクション3A部


――江波戸さんのいまのお仕事について教えてください。

江波戸李生さん(以下、江波戸):広告を中心にアートディレクションを行っています。担当分野が決まっているわけでなく、ジャンルを問わずさまざまな案件に携わっています。

――江波戸さんがムサビを受験したきっかけはありますか?

江波戸:両親がアートに関心が高く、小さいころからアートに触れる機会が多かったので、「美大に行きたい」という考えは漠然と持っていました。高校生のときに美術予備校に入っていろいろな分野を知るなかで、デザインの授業を特におもしろいと感じたんです。そこからデザインへの興味がわき、デザイナーという職業にも関心が出てきて、美大のデザイン科を目指すようになりました。

入学したのは、空間演出デザイン学科(空デ)です。いろいろな進学先の候補があるなかで空デの進路情報を調べてみると、就職先がさまざまで全方位型だったんですよね。就職先が多様だということは、きっと自由なものづくりができる学科なのだろうと感じて受験しました。

――実際に入学してみて、いかがでしたか?

江波戸:想像していたよりももっと自由な学科でした。こんな授業があるんだとおどろくことが多かったですね。たとえば、入学後最初に受けたのはグループワークで影絵をつくる授業でした。最終課題では、教室に白い布と照明を設置し、影絵の演目を考えて発表。「デザインを学ぶつもりで美大に入ったのに、どうして影絵をやってるんだろう」と思ったのを覚えています(笑)。

――学生時代の印象的な思い出を聞かせてください。

江波戸:1年生のときの芸術祭で、空デの恒例企画であるファッションショーに参加しました。そのとき、年上の同級生たちがリーダーになって全体をまとめたり現場を仕切ったりしていて、カルチャーショックを受けた記憶が鮮明にあります。大学に入るまでは年齢の異なる人たちと関わる機会が少なかったこともあり、リーダー役の同級生へのあこがれを感じましたし、自分はまだまだ経験不足なんだと悔しく思いました。

――ムサビで受けた授業や、学生時代の自主制作について教えてください。

江波戸:2年生の後半で履修した立花文穂先生の授業には、とても刺激を受けましたね。「美大に通っているということだけで満足していないか」と問い直されるような感覚でした。立花先生がそうした狙いを持たれていたのかはわかりませんが、僕はその授業をきっかけに「大学で一方的に教わるだけでなく、自分から積極的にいろんなことに取り組もう」と決めたんです。

それから、自分で作品をつくって展示することを定期的に行いました。展示そのものよりも告知ポスターやDMをデザインしたいという気持ちが強くて、そのために展示を企画していたところがあったかもしれません。あまり褒められた手順ではないかもしれませんが、グラフィックデザインをやる必然性がほしかったんですよね。展示する作品は立体だったり映像だったり、ジャンルに縛られずいろいろなものを制作しました。

ムサビ時代に制作した、展示の告知DM

江波戸:大学院に進学してからも、作品制作と展示とDMデザインを行うサイクルは続けました。授業で1900年代初頭のバウハウスやイタリア未来派などをリサーチしたことがあったのですが、当時活躍していたデザイナーたちも、インテリアだけでなく衣装を作ったり舞台演出をしたりと、なんでもやっていたことを知ったんです。ジャンルを限定せず活躍できるデザイナーはカッコいいなと思って、自分もそうしたスタイルを目指していました。

――作家活動ではなく、企業に就職することはいつごろから考えていましたか?

江波戸:大学3年生になってから、周囲で就活の話題が増えてきました。就職説明会などに少しずつ参加していくうちに、自分のなかで「社会人になる」という感覚がだんだん芽生えてきたのだと思います。就活中はキャリアセンターも利用していました。卒業生のポートフォリオがたくさん置いてあったので、参考にするために友だちと一緒に見に行きましたね。

――電通を就職先に選んだ理由はなんでしょうか。

江波戸:就職活動を始めるまでは、どんな業種や職種があるのかという知識があまりありませんでした。デザインやグラフィックに関係がありそうな企業を調べていくなかで、広告代理店という業種を知ったんです。

僕が学生のころは、電通の社員の方に作品を見せて講評を受けられる「作品相談会」というものがありました。それに参加して授業や自主展示で制作した作品を見せたら、好意的に楽しんでもらえて。周りの学生と比べるとまったく広告らしくない作品だったのに受け入れられて、懐が深く固定概念に縛られない社風なのかなと感じたのがきっかけでした。

――これまでに携わったなかで、思い入れのあるプロジェクトを教えてください。

江波戸:毎年8月9日に長崎新聞に掲載される全面広告の仕事です。2020年から始まっていて、当初は原爆投下から75年という節目の年だけに実施する予定でしたが、反響が大きかったこともあって毎年継続しています。

特定のサービスや商品を宣伝する広告とは少し違い、これはメッセージを届けるものです。アートと広告のあいだにあるようなクリエイティブなので、そういう意味でも非常に印象深いプロジェクトです。

2021年版では、初めてADC賞という広告賞を受賞しました。ADC賞は、僕が高校生のころにデザイン分野に興味をもつきっかけになったものでもあります。そんな賞を長崎新聞の仕事でいただけたというのもうれしかったですね。

長崎新聞の広告「13865 BLACK DOTS AND 2 RED DOTS.」。紙面にびっしりと並ぶ約1万4000個の黒い丸と、2つの赤い丸。黒い丸は世界中に存在する核兵器の数(制作時点)であり、2つの赤い丸は広島と長崎に投下された原子爆弾を示している

――ムサビで学んだことが、現在の仕事にもつながっていると感じることはありますか?

江波戸:美大という環境には、本当に多様な人たちが集まっていますよね。年齢の幅も広いし、美的感覚もそれぞれに違います。そのバラバラな感じがとてもおもしろかったですし、コミュニケーションをとるのに苦労した部分でもありました。

そうしたいろいろな個性をもつ人どうしでグループワークに取り組んだ経験は、社会に出てからも活きていると感じます。影絵をつくった最初の授業も、いま思うと職場の同僚やクライアント企業の担当者と一緒にプロジェクトを進めていくことに似ていますね。人とコミュニケーションをとる能力は、ムサビの授業を通してだんだんと鍛えられていったように思います。

電通では、テレビCMの企画もしますし、新聞広告を制作したり、イベント会場の空間デザインをしたりといろいろな仕事に関わっています。学生時代に表現の幅を絞らなかったのは結果的によかったかもしれないですね。

――美大を受験することを迷っている人にメッセージをお願いします。

江波戸:興味があるなら思い切ってチャレンジしてみることをすすめます。誤解を恐れずに言えば、学科はなんでもかまわないと思っていて。たとえば油絵学科に入っても自分しだいでデザインの勉強もできるはずです。自分の行きたい学科にこだわるよりも、まずはキャンパスを歩くだけでも刺激を受けられるムサビに入ることが大きな意味を持つと思います。