<卒業生データ>
武田夏澄
2014年 視覚伝達デザイン学科卒

株式会社リクルート
プロダクト統括本部
プロダクトデザイン・マーケティング統括室
マーケティング室 ブランドプランニングユニット
販促・SaaSクリエイティブディレクション部
住まい領域クリエイティブディレクショングループ


――進学先としてムサビを選んだ理由を教えてください。

武田夏澄さん(以下、武田):私が美大への進学を決めたのは比較的遅くて、高校3年の春でした。高校生のころは吹奏楽部に所属していて、演奏会を企画したり、みんなでなにかをつくりあげたりすることが好きだったんです。でも、将来を考えたときには、なにがしたいかわからなくて。そのことを仲のよかった美術の先生に相談したら「美大でデザインを学んでみたら?」とアドバイスをいただきました。最初は「なんでデザイン?」とピンときませんでしたし、美大というと、アーティストになる人が通うところというイメージがありました。

でもその先生が「デザインというのは、絵を描くことやグラフィックを制作する技術のことではなく、“ものの仕立て方”を考えることこそがデザインなんですよ」というような話をしてくれたんですね。私が吹奏楽部で取り組んできた「誰にどんなことを伝えたいから、どういうふうにプログラムをつくっていこう、だからこういう衣装にしよう」と考えることそのものがデザインをするということなので、そういうことを学びたいんだったら、デザイン科というところに行ってみるといい、と。もう亡くなってしまったのですが、本当に人生の恩師だといまでも思います。

そこから美大を見て回ったところ、最も印象的だったのがムサビでした。学生がみんな楽しそうで、率直にとてもワクワクする雰囲気だったんです。

――在学中はどのような勉強をされていたのですか?

武田:将来就きたい職業があったわけではなかったので、興味が向くものをいろいろやってみるという形で授業を選択していました。なかでもすごく印象に残っているのが、エディトリアルデザインの授業です。「植物をテーマに本の誌面をつくる」という課題を受け、木の写真を使ったレイアウト案をプレゼンしたとき、先生から「君はどうしてこれが木だとわかるんだ?」と何度も問われたんです。当時の私はその意図が分からず、とにかく困惑しました。

ただ、いまになって振り返ってみると、先生は人間の知覚を見つめることを教えてくれていたのかなと思うんです。人が“わからない状態”から“わかる状態”になるときにどういう変換が起こるのか、当たり前だと思っていることはなぜ当たり前なのかを深く思考することで、ものの本質を捉えることができるのではないでしょうか。

「武蔵美の植生」をテーマとして本を制作する課題の1ページ。自身の設定したテーマに合った級数・歯数を設定のうえ、グリッドを設計し、文字と図像の構成を検討、実装を行った

――就職活動はどのように進めたのでしょうか。

武田:最初は業界を絞らず、メーカーやデザイン会社、代理店などを受けていたのですが、うまくいかず苦戦していました。キャリアセンターに相談し、ポートフォリオの見せ方や自己PRの仕方など、あらゆることにアドバイスをもらいながら進めていましたね。そのなかで「武田さんの考え方なら、こういう会社がありますよ」といくつかの会社を紹介してもらって。現在勤めているリクルートもそのなかのひとつでした。

――リクルートへの就職を決めた理由も伺いたいです。

武田:私はデザインの造形のみを手がけるよりも、デザインの前段となるコミュニケーション設計みたいな部分から携わりたいと強く思っていたんです。リクルートはそれができる会社だと感じました。

それから、ほかの会社は面接時間が15分程度だったのですが、リクルートは約1時間とかなり長く時間をとってくれたんです。自分の作品についてゆっくりと話を聞いてくれて、雰囲気がよくしっくりくる印象でした。そんなふうにして、「この人たちと一緒に仕事がしたい」と思ったことも大きな理由です。

――入社してからはどのような仕事をされたのでしょうか。

武田:入社してからは、自分でデザインをすることもあれば、外部のデザイナーさんとチームを組んでディレクターとして動く業務など、ディレクター兼デザイナーという形で働いてきました。今は、『SUUMO』という不動産サービスを担当しています。テレビCMやネット広告などの制作を、アートディレクターとしてディレクションするという仕事です。

武田さんがアートディレクションを担当している不動産サービス『SUUMO』

――これまで手がけられたなかで印象に残っている仕事を教えてください。

武田:入社3年目ごろに手がけた『フロム・エー』という求人サービスの案件です。『パン田一郎』というパンダのキャラクターのファンを増やして、ブランドの認知力を高めていくという仕事でした。ただグラフィック的に美しいものや優れたものをつくるだけでなく、ユーザーとどのようにコミュニケーションをとるのかという部分から設計する。自分がやりたいと思っていた仕事がひと通り実現できた機会でした。達成感を得られましたし、大きな成果も出すことができたので、とても思い入れがあります。

――そういった仕事をするなかで、武田さんが心がけていることはどんなことですか?

武田:ふたつあります。まずひとつは「ユーザー視点を持ってこだわり抜くこと」です。仕事を進めていると、ビジネス的な要件が重視されることもあると思います。そんなときでも、ユーザーのためによりよいものにできるようギリギリまで粘りたいですね。最後までこだわり抜くのはデザイン面を統括するアートディレクターだからこそできることだと思います。

もうひとつは「それぞれのプロフェッショナルが最大限の力を発揮できるようにすること」です。アートディレクターという立場上、いろいろな分野のプロの方々と一緒にお仕事する機会があります。そういうときは、自分の我を通すよりも、集結したプロフェッショナルが気持ちよくパワーを発揮したほうがいいものができるんです。そのためにどうすればいいのかをすごく考えて行動しています。

――アートディレクターとしてのこだわりを貫くことと、プロの方たちのサポートをする縁の下の力持ちとしての役割はバランスをとるのは難しいのではないでしょうか。

武田:現場にいるプロフェッショナルな方々は、自分の作品をつくりたいというよりも、ユーザーにいいものを届けたいという思いが一致していると思います。ゴールは同じなので、向かう方向を調整するのが私の役割です。そう考えれば、このふたつは相反する考え方ではないですし、両立することが可能だと考えています。

――ムサビ時代の経験が、いまの仕事に活きていると感じることはありますか?

武田:印象に残っている授業の話とつながるのですが、前提を疑うことや他人の知識や常識を鵜呑みにしない姿勢、自分の頭でしっかりと考える力は、ムサビ時代に鍛えてもらいました。むしろ、デザインソフトなどの技術的な部分は、あまり学んでいないかもしれません。当時は「スキルを持っていたほうが安心するから、もっと教えてほしい」と思っていましたが、スキルはツールやトレンドが変われば、すぐに古くなってしまいますよね。そうではなく、普遍的なデザインの根幹を学ぶことができたのは大きかったと思います。仕事にも間違いなく活かされていますね。

――最後に今後の目標を教えてください。

武田:目の前にある仕事や、自分の興味の持てることに全力で向き合っていきたいです。リクルートの仕事をしながら、いつか自分でものをつくったり、ブランドをつくったりして世の中に出していくような想像をすることもありますね。それができたら、ものすごく素敵だなと思っています。