<卒業生データ>
桐原実来
2021年 視覚伝達デザイン学科卒

サントリーホールディングス株式会社
デザインセンター
デザイナー


――まずは桐原さんの主な業務内容を教えてください。

桐原実来さん(以下、桐原):サントリーのデザインセンターでデザイナーとして働いています。主にコーヒーやお酒など、飲料商品のデザインを担当していますが、パッケージを制作するだけではなく、中味開発部門やマーケティング部門の方たちとチームになってコンセプト開発から携わり、最終的なデザインに落とし込むという仕事です。自分でデザインするだけでなく、社内外のデザイナーへのディレクション業務や、売り場やキッチンカーなどの空間デザイン、部署のWEBサイトやSNSを使った広報活動など、業務の幅は広いですね。

桐原さんが入社1年目のときに担当したパッケージデザインを担当したお酒「ほろよい」。それぞれ夏祭りの昼(左)と夜(右)がイメージされている

――桐原さんが美大を受験したきっかけはなんだったのでしょうか?

桐原:中高生のころに進路を考えたとき、文系や理系を学んでいる自分がうまく想像できなかったんです。小さい頃から美術と体育がすごく好きで、どちらかを選ぶとしたら美術を学びたいなと考えて美大への進学を決めました。PIXARのアニメーションが好きだったので、CG制作をやってみたいというあこがれもありましたね。

――ムサビではどんなことを学びましたか?

桐原:視覚伝達デザイン学科(視デ)はコンセプトやデザインの持つ意味、目的などをとにかく思考する授業が多く、それによって「デザインするための土台づくり」がしっかりとできたと思います。デザインソフトの技術は視デの授業内で実際に使いながら学びました。それ以外にも、他学科の授業に参加してMayaやBlenderというソフトでアニメーションをつくったり、彫金をやっていたサークルの先輩からコツを教わって銅板で作品制作をしたりしました。

空間演出デザイン学科ファッションデザインコースの友だちに声をかけてもらい、ファッションショーのモデルも務めました。カメラや照明機材を使ったり、アシスタントをしたのもいい思い出です。そういった経験を通して、ブランディングや、作品のコンセプトをいかにして伝えるかを考える楽しさに気がついたのもこのころでした。

人とのつながりを通して活動の幅が広がっていき、その影響を受けて自分の作品も変化していきました。入学時にはCGに興味を持っていましたが、実際にはいろいろなことに取り組んだ学生生活でしたね。さまざまな体験が紐づいて大きな学びになったなと感じています。

ファッションショーにモデルとして出演

――大学で学んだことは現在の仕事にもつながっていると感じますか?

桐原:そうですね。授業で学んだデザインの理論的な部分ももちろんですし、ファッションショーのような課外活動での経験もいまにつながっていると思います。
デザインというと、目で見て視覚的に楽しむものととらえがちですが、触覚や聴覚に働きかけて体験そのものを設計することで、人の心を動かす力を持っているんです。心を動かすものをつくるためにはどんなことを考えたらいいのか。どんな角度から、どんな見方ができるのか。そういった思考のサイクルを徹底的に叩き込まれました。

――大学院への進学や作家活動ではなく、企業に就職することは最初から決めていたのですか?

桐原:まったく決めてなかったです。大学生活でいろいろな経験をするうちに、あらためてデザインを仕事として社会に関わっていきたいと気づいて、そこから就職活動について考え始めました。
業界にはこだわらず、会社のカルチャーが自分にフィットするかどうかを重視しました。会社説明会にはできるだけ足を運び、働いている人や環境を自分の目で見て、ワクワクすると感じた会社を受けるようにしていました。

――就職したサントリーも社風に惹かれたのでしょうか。

桐原:サントリーが開催したワークショップに参加したのですが、応募するときに提出する課題がすごく変わっていたんですよね…。「江戸時代の人に向けたエナジードリンクを考えてください。(タイムスリップして売りに行ってください)」みたいなおもしろいテーマで、その時点でもう惹かれていたのかもしれません。ワークショップは実際のオフィスで行われたので、働いている方たちの様子などを実際に見ることができたのもよかったです。

――サントリーに入社されてから関わったプロジェクトのなかで、特に印象に残っているものはありますか。

桐原:「BAR Pomum」という新シリーズのお酒の開発です。入社1年目のまだなにもわからないような時期からチームメンバーになり、商品のコンセプトを考えるところから携わりました。「Z世代にお酒の楽しさを実感してもらいたい」という狙いがあるシリーズなのですが、若手とベテランの混合チームで、アイデアを出し合ったり市場調査をしたりしながら「Z世代に刺さるお酒ってなんだろう」と考えました。

「BAR Pomum」のパッケージデザインは、コロナ禍にひとりで在宅ワークをしている日の夕方、部屋がだんだん暗くなっていくのを見ながら思いついたものです。私が描いたラフをもとにチームメンバーとブラッシュアップしていきました。

発売後は、売れ行きや購買層の分析などを見ながら、商品のリニューアルや期間限定商品の開発を進めています。こうやってひとつの商品と長く関わっていけるのはインハウスデザイナーならではの楽しさかもしれませんね。

桐原さんのアイデアをもとにデザインされた「BAR Pomum」。果実を模したライトがあしらわれている

――桐原さんが仕事をするうえで心がけていることはなんですか?

桐原:ムサビにいたときから変わらず、「とりあえずやってみよう」という気持ちでいろいろなことをおもしろがって取り組むようにしています。入社して3年が経ちますが、新入社員のころのすべてにワクワクしていた気持ちを忘れないようにしたい。だからこそ、常に新しいことを学んでいく姿勢を大事にしていきたいです。

――これからの目標や、やってみたいことを教えてください。

桐原:やっぱり、毎日ワクワクしながら仕事を続けていくことですね。私たちの世代は東日本大震災やコロナ禍を体験していて、「いつなにが起こるかわからない」という気持ちが常にあります。先のことはわからないけれど、だからこそ、未来に向かってポジティブに、前向きに、悔いのないように過ごしたいと思います。

――美大の受験を迷っている高校生や、就職活動を控えた在学生にメッセージをお願いします。

桐原:美大で学ぶことに対して、なかには社会と関わりのない自己満足の世界といったイメージを持っている人もいるかもしれません。でも、知識を得たり技術を磨いたりするだけではなく、人間らしさを学ぶことのできる場所が美大だと思います。美術やアートやデザインを学ぶことで、生きていくことはもっと楽しくなるはず。“人間を楽しみたい”と思っている人はぜひ美大に行ってほしいです。

その一方で、美大にいると周りの人たちの個性が強くて、自分にはなにもないと引け目を感じることもあるかもしれません。私も在学中は自分が無個性な人間だと思っていて、いろいろなインプットをしながら「自分らしさ」をずっと探していました。でも、サントリーに就職して同僚たちとアイデアを話し合いながらつくりあげていく経験を経て、「自分はこういう考えを持っていたんだ」「こういう場面ではこんな意見を言う人だったんだ」ということが、だんだんわかってきました。個性や自分らしさって、自然と身についてくるものなのだと思います。だから不安にならずに、いろいろな体験をしていってほしいです。