取材:2010年5月
柏木 良行(かしわぎ・よしゆき)
2007年、工芸工業デザイン学科インダストリアルデザインコース卒業。
キヤノンに入社後、コンパクトデジタルカメラ『IXY DIGITAL 830 IS』、ビデオカメラ『iVIS HF R10、11』等の、プロダクトデザインを手掛ける。現在は主にデジタルカメラを担当している。
受け取った人に喜んでもらえるものを
2009年に発売されたデジタルカメラ『IXY DIGITAL 830 IS』。このデザインを柏木さんが担当することが決定したのは、入社1年にも満たない時だった。新人としては異例の大抜擢だった。
社内コンペで提案したコンセプトは「Swimmer」。やや大きめだったIXYシリーズから無駄な“贅肉”をそぎ落とし、しなやかで、引き締まった競泳選手のようなボディをイメージしたデザインとなった。それが、キヤノンが考える次なるIXYのフォルムに合致したのだ。
“デザインはプレゼント。人に喜んでもらえなければ意味がない”が柏木さんのモットー。突き詰めていけば、デザインの提案は製品の外側を飾るだけでなく、内部の設計への提案と不可分なものになる。
「綺麗な形を与えるだけでは限界がある。内部の設計段階から意見交換し、見た目と機能性のトータルで魅力的な製品に仕上げることが、本当の意味での良いデザインなんだと思います」
IXYのデザインでも、設計担当者とは正面から意見をぶつけ合った。使いやすさを追求してデザインを変えることもあれば、その逆もあり得る。0.1ミリ、0.05ミリというギリギリのラインでお互いが納得できる着地点を探る。あくなき意見交換を厭わない芯の強さが、魅力的なプレゼントを生み出した。
武蔵美で触れたプロの世界の視線
柏木さんには、武蔵野美術大学在学中、忘れられない経験がある。大手自動車メーカー、家電メーカーとコンセプトモデルを開発する産学協同プロジェクトへの参加だ。
「早い段階で企業との接点を持ちたかったんです。デザイナーになるために、自分のデザインを第三者の視点から、俯瞰して評価してほしいと考えていました」
プロジェクトではコンセプトメイクから、スケッチ、モデル制作などを経て、最終的に企業へのプレゼンテーションを行った。要所でプロの厳しいチェックが入る体験を通して、客観性を養うヒントを得た。とりわけ、高いレベルでのプレゼンを通して身につけた度胸と自信は、プロの世界へ身を投じた今も、大きな武器だ。
「誰を前にしても、自分の意思をはっきりと主張することに、ためらいがなくなりました。大企業が相手なので緊張感は相当なものでしたが、そこで怯んでしまっては、デザインの魅力も伝えきれない」
産学協同プロジェクトでデザインしたデジタルオーディオプレイヤー。ひとつの製品を自分で手掛けられる小型家電に、面白さを見出したことで、柏木さんの進む道は決まった。
『IXY DIGITAL 830 IS』を手掛けることになるのは、それから約2年後。武蔵美で奮闘した日々の中で、飛躍の準備はできていたのだ。
上司が語るムサビの人間力
キヤノンらしく、新しく
塩谷 康
総合デザインセンター 室長
1年目にしてIXYを担当したという実績が、彼の能力の高さを端的に表しています。それは単にデザインセンスに優れていたからではない。キヤノンが培ってきたもの、そしてこれから表現したいものを、自分のチャレンジと複合して形にできたからこその評価なのです。彼は仕事以外にも、会社ではできないデザイン活動をして自己を磨くことを怠らない。そうして身につけた新しい感覚やダイナミックなセンスを、キヤノンで活かしてくれることを期待しています。
企業リンク
> キヤノン株式会社