取材:2021年2月

西 まどか(にし・まどか)
2013年大学院造形研究科(修士課程)美術専攻芸術文化政策コース修了
造形学部芸術文化学科でアートマネジメントや美術史、デザイン史を学んだ後、大学院へ。修論のテーマは近代建築史。大学院修了後、美術系の出版社に入社し、2014年から株式会社誠文堂新光社にて雑誌「アイデア」の編集を担当。
2018年より編集長。


制作をしなくても
芸術に関われる道がある

デザインやアートに関心があれば、知らぬ者のないグラフィックデザインの専門誌「アイデア」。西さんは2018年から同誌の編集長を務めている。

そんな彼女が美大という進路を真剣に考えるようになったきっかけは、高校2年生のときに、武蔵美の油絵学科出身の美術の先生に出会ったからだという。

「美大をめざすような人は、早いうちから制作活動に情熱を注いでいるものだと思っていました。でも私はそうではないし、興味はあるけど……と迷っていたら、先生が“芸術文化学科(以下、「芸文」)というのがある”と教えてくれたんです。制作活動をする人たちを支えるための勉強ができると知り、そうか、自分で何かをつくらなくても芸術に関わる道はあるんだなと」。

一念発起して通った美大予備校では、芸文をめざす学生向けの授業があり、描かれているものを文章で説明する練習をしたり、街中で展示会をできそうな場所を探し、企画を考えてみるといったミュゼオロジーの実践的な指導も経験した。

「入学前に、芸文ではこんな勉強をするのか、という具体的なイメージができていたのはよかったですね。やっぱり美大って面白そう! という想いが強まって、公募制推薦入試(当時)を利用して無事に入学することができました」。

武蔵美の場合、1・2年生はみな、学科を横断して実技・実習を学ぶ。西さんは基本の絵画、彫塑、空間デザインに加えて、金工やファッションデザインコースの授業も選択した。

美術・デザインとひとくちにいっても多彩な表現手法があること。制作に用いられる道具や技術といった基礎知識を広く学び、各分野に懸ける人々の情熱に触れた2年間は、デザイン誌の編集者となった今も大いに役立っているという。

「分野の違い、視点や表現の違いを知る出会いが多くあったことで、自分自身はそのどれかを選ぶというよりも、客観的な立場から制作活動を見つめたいと思うようになりました」。

そう語る彼女が、アートやデザインの魅力をひろく伝え、“自分の目で見たものを、文章で他の人に伝える作業”に惹かれていったことは、その後、編集者という道に進むことを予感させていた。

「アイデア」393号(特集:世界とつながるマンガ)、誠文堂新光社、2021年
武蔵美生の頃から、文章を書くよりも“伝えたい”というモチベーションが大きかった西さん。武蔵美で幅広い分野を学んだ経験は、今でも“伝える”ための情報収集に活かされている。

自分の目で見た物事を
他者に伝える力を磨いて

3・4年生ではデザイン史を主題に研究に打ち込んだ西さん。

「『できるだけ本物を見ること。本やネットで調べるだけでは感じとれないものが絶対あるから』というのがゼミの担当教授のポリシーだったんです。貧乏旅行でしたが、アメリカやヨーロッパの美術館や建築物を巡ったりもしました」と楽しそうに振り返る。

研究テーマにしたのは20世紀初頭のドイツに存在した造形教育機関「バウハウス」のデザイン。その魅力や歴史だけでなく、同時代の別ジャンルの芸術にも注目し、複合的に分析して論文にまとめあげた。主題と背景を切り離さない視点と“他人に伝える文章力”は、今の仕事にも確かにつながっているだろう。

「大学院に入り、美術館で学芸補助のアルバイトをするようになってからは、展覧会図録の校正作業のお手伝いをすることもありました。そうした経験がきっかけで、卒業後は美術系の出版社で編集アシスタントとして働き始めたんです。ちょうど、それまでは展覧会でしか買えなかった図録に書籍コードをつけ、書店流通する本として販売することが一般的になってきた頃で、スケジュールはハードでしたが、楽しい経験もたくさんさせていただきました」。

そうして2年ほど幅広いジャンルの展覧会図録の制作に関わった後、先輩編集者からの紹介がきっかけで、現在勤める株式会社誠文堂新光社に転職した。

「『アイデア』は創刊以来、グラフィックデザインやタイポグラフィを主なテーマとしてきた雑誌です。しかし最近ではサブカルチャーやファッション、建築といった、より広い分野を“デザイン”という視点で読み解くことが求められている気がします。

美大出身の編集者というのは多くはありませんが、美術やデザイン全般を学んできたことを雑誌編集にも活かしていきたいとい気持ちは、入社当初からの自分のテーマになっています」。

アイデア編集部(編)『トーキョーデザイン探訪』誠文堂新光社、2021年
「アイデア」のアートディレクターを務めるのは、武蔵美出身の加藤賢策さん。仕事の場で、武蔵美のOBと偶然出会うこともあると西さんは言う。

武蔵美時代の学びが
編集者としての確かな軸に

創刊は1953年。国内屈指の歴史を持つデザイン誌「アイデア」は、現在、年4回刊行されている。その制作上の自由度の高さは、ある意味、編集者への信頼なしには成立しない。

「デザイナーやアートディレクターは外部の方にお願いしていますが、編集部のスタッフは私ともう1人だけ。毎号取り上げるテーマや取材する人・企業なども、基本的に2人で考え、選定します。広告営業も自分たちで行って、予算内でどんな企画・記事にするか、デザインや原稿執筆を誰に依頼するかまで、すべてまかされる。責任も重いですが、編集者として日々鍛えられる環境です」。

毎号、訴求力の高い特集と、デザインをフィルターに時代を斬る鋭い視点に定評のある「アイデア」の編集者がわずか2人……と驚くが、企画立案のためのリサーチやネタ探しは、もはや日常になっているのでと、西さんはこともなげだ。

「編集の業務は多岐にわたりますが、“自分の好きなもの、大事なものを自覚すること”が大切だと思っています。

情報が溢れ、猛スピードでトレンドがうつろう現代社会の中で、自分が大切にしたいことや、本を通じて世に問いたいことは何か。そういう判断の軸を持つことが、編集者にとっては大きな強みになると思うからです」。

さらに編集長である西さんには、この出版不況の中で雑誌が売れるか、話題になるかといった責任もかかる。穏やかな表情からは伺えないが、さぞプレッシャーもあることだろう。

「武蔵美では芯をもって何かをやり遂げようとする人、自分の意思をかたちに変える発想力と行動力を持った人にたくさん出会いました。あの雑多でエネルギッシュな場で学んできた1人として、自分も媒体の歴史やブランド力にあぐらをかかず、フットワークの軽い編集者でいられるように頑張りたいですね」。

責任重大なプロジェクトを切り回す若き編集長は、己を分析する冷静さの底に、熱い魂を秘めて現代社会を見つめているのだ。

原田祐馬『One Day Esquisse:考える「視点」がみつかるデザインの教室』誠文堂新光社、2020年
編集者という仕事は大変でありながらも、いろいろな人や著者に出会えるというおもしろさもあると西さんは語る。

企業リンク
> 株式会社誠文堂新光社