取材:2021年2月

角 裕美(かど・ひろみ)
2008年 造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。
卒業後、広告制作会社に入社しグラフィックデザイナーとして勤務。2年後、やはりイラストレーターに…という想いが募り退社。母校の教務補助員を3年間勤めたのち独立。広告・雑誌・書籍などで活躍するほか、SNSでの作品発表や個展にも力を入れている。


幼心に芽生えた
“画家”への強い憧れ

優しくビビッドな色づかい。いきいきとした表情やポーズ。いきものはもちろん、フルーツや無機物だって、彼女が描けば世界はこんなにも楽しげだ。

『フルーツふれんず』シリーズをはじめとする絵本や、雑誌・広告などで活躍中のイラストレーター・角さんが“絵を仕事にしたい”と初めて思ったのは、なんと幼稚園のときだった。

「要は、よくいるお絵かきが好きな子どもだったんです。でもある日偶然テレビで、安野光雅さんのドキュメンタリーを見たとき、幼いながらに、画家という“絵を描く仕事”があることを知って、私もこれになりたい!って」。 振り返れば確かに、今の彼女に至る歩みはあの日に始まっている。

「小学生、中学生と成長しても、とにかく絵を描くのが好きでした。でも、地方暮らしの学生ですから、どうしたら画家になれるかはよく分かっていませんでしたね。まずは美大に行こうと決めたのも、高校に入って進学相談をするようになってから。しかもファイン系ではなく視覚伝達デザイン学科を選んでいますし」と苦笑する。

なぜデザイン学科だったのかといえば、ちょうどその頃、著名なアートディレクターの活躍が華々しくメディアに取り上げられていたからだ。漠然とした憧れで、アートディレクターという職業についてもよく分からぬまま上京した角さんは、入学するなり周囲のレベルと熱量に驚くことになる。

絵本「フルーツふれんず」シリーズ
角さんが挿絵を担当した書籍「変なことわざ図鑑」

周りの人と自分を比べ悩んだ
紆余曲折が強い決意に

「視デの同級生の中には、入学前からもう、めざす職種や入りたい会社を決めて“だからこの学科を選んだ”という人たちがいました。他学科を見ても、この世にはこんなに絵の上手い人やセンスのいい人がたくさんいるのか…!と」。

圧倒されつつ始まった大学生活。

「デザインを学べば学ぶほど、自分はやっぱり絵を発注する側ではなく、描く側になりたいんだ、という想いは強くなりました。できることなら大学を出たらすぐ“絵描き”になりたかった。

でも3年生になって就活が始まり、しっかり未来を見つめている周りの人たちと、ふわふわした自分の差に焦ってしまって」。

悩んだ彼女は進路指導の際、イラストレーターになりたいが自信がない…という本音を打ち明ける。教授からのアドバイスは「デザイン業務を理解すれば、いずれイラストレーターになった時にも絶対に役に立つ。まずはデザイン系の会社に就職してみては」というものだった。

その言葉に背中を押され、角さんは卒業後、広告制作会社に入社。グラフィックデザイナーとして2年間勤務することとなった。

「勉強にはなったものの、激務でイラストを描く時間がとれなくなってしまって。これでは本末転倒だと、覚悟を決めて武蔵美の教務補助員に転職しました」。

週3日は教務補助員として働き、それ以外の時間はひたすらに描く。ときには十数時間も集中して描き続け、改めて“絵を描くのが大好きだ、この仕事で生きていきたいんだ”という初心にかえったとき、角さんは25歳になっていた。

角さん自作の名刺とメッセージカード。
個展を何度か開いているうちに、このイラストのテイストが確立された。

Webから広がった評価とチャンス
遠い憧れは現実のものに

紆余曲折したように思えるかもしれない数年を、しかし角さんは後悔していない。その大きな理由が、WebとSNSの急速な普及だ。

「当然ですが、思う存分絵を描けるようになっても、すぐに仕事になるわけではありません。特に私は、自分を売り込むのも苦手な方でしたし。

でも、作品発表のために開設したホームページには、徐々にアクセスが増え、好きだといってくれる人が現れました。とても励みになりましたし、目を留めてくれた人からお仕事の依頼をいただく機会も生まれた。そう考えると、たとえ卒業後すぐにイラストレータ―を名乗っても、今のような生き方は掴みとれなかっただろうなと」と、角さんは自らのキャリアを客観視する。

かつて、画家やイラストレーターが世に出るには、コンペやギャラリーでの発表、さもなくば出版社などへの持ち込みといった、高いハードルがあった。しかし今では、誰もが気軽に作品を発表できる場、そしてチャンスを掴む場として、WebやSNSがある。

じわじわと、しかし着実に絵の仕事は増え、角さんが教務員補助をやめてイラストレーターとして独り立ちしたのは、約3年後のことだった。

10年前に立ち上げた角さんのWebサイトでは、現在も作品を公開中。最近ではInstagramも活用し、自信の絵や作品を発信している。

一枚絵が描けるのが自分の強み
仕事の幅をさらに広げて

現在、育児中でもある角さんの仕事は、書籍や雑誌の挿絵、ポスターや広告などのイラストが中心。デザイナーの経験を活かし、依頼内容に沿った作品を的確に仕上げられる勘のよさは、クライアントから高く評価されている。

「仕事としては効率がいいですし、『要望どおり描いてくれればOK』な依頼も大事。でもやっぱりやりがいを感じるのは『角さんで』と依頼され、その期待に応えることができた時ですね。

2020年に手がけたトヨタのカレンダーなどはその代表。私は“一枚で世界観や物語を感じさせる絵が描けること”が自分の強みだと思っているので、そこをクライアントが信頼して任せてくれたんだと思います。制作期間も短く、ラフなしの一発描きでしたが、ワクワクと全力投球し、とても喜んでいただけました」。

自らの強みを発揮できる仕事にも恵まれるようになり、角さんの夢はさらにふくらんでいる。

「いつかやりたいのは、お菓子のパッケージなど、多くの人に手に取っていただける仕事。挿絵ではなく、自分でストーリーを考えた絵本にも挑戦しています。
他にもやりたいことはたくさんありますが、まずは子育てしながら、楽しく描きつづけたい。コロナ禍の影響で中断していますが、ライフワークだと思っている年1回の個展も、絶対再開するつもりです」

幼い日に抱いた“絵を描く仕事”という夢を、長い時間をかけてかなえた角さん。その歩みはゆるやかに、けれど止まることなく続いていく。

角さんの強みを活かして描きあげられた一枚絵。
この一枚が、トヨタのカレンダーの仕事を請けるきっかけにもつながった。