取材:2020年7月
尾形 瞬(おがた・しゅん)
2015年空間演出デザイン学科卒業。
大学1年生まで野球に熱中するも、故障で引退。慶應義塾大学卒業後に武蔵美入学という異色の経歴の持ち主。
株式会社博報堂ではコピーライターとしてケンタッキーフライドチキン、SONY、ソフトバンク、東ハトなど幅広い案件を手掛けている。
価値観は何度でも
変わっていくものだから
小学生で始めた野球、ポジションはピッチャー。いつかは甲子園、さらにその先へ…と願った少年は、慶應義塾大学に進んで1年で肩を壊し、選手生命を絶たれてしまう。
「さすがにへこみましたけど、どうしようもない。ぽかっと空いた時間で、野球以外にやりたいことってなんだろうと考えていた頃、講義でプロダクトデザイナーの先生に会い、アートやデザインに興味が湧いた。その後、学外で武蔵美生と一緒にプロジェクトに挑戦する機会があって、クリエイティブ系は面白そうだな…と」。
だからといって一般の四大を卒業してから美大に入りなおす人というのは、めったにいないだろう。しかし尾形さんは「どうせなら人と違う道を行ってみたかったので」と、実に屈託がない。
「そのまま社会に出ていたらきっと“上場企業に入って将来は海外勤務”が最良の選択だと思っていたでしょう。でも武蔵美で出会った人たちは、とにかく自由でした。同じ課題に向きあっても、みんな解釈が違う。思考し、アウトプットされる表現の多様性に驚かされて、自分の価値観をガラガラ崩されるのが、なぜか気持ちよくて」と尾形さんはふりかえる。
ピッチャーマウンドから名門大、さらには未知の美大へ。その時々に関心を持った場所へと素直に飛び込んで、尾形さんは今、広告代理店の雄・博報堂にいる。
たったひとつの言葉から
広がっていくクリエイティブ
「肩書はコピーライターですが、コピーを書くだけではなく、プランナーも兼ねているような仕事。主にネーミング、キャッチなどのコンセプトワード…これが決まると一気にビジュアルや施策のイメージが広がり、見せ方・売り方も決まる。そういう企画の要になるような言葉を考え出すのが僕の仕事です」。
わかりやすい例が、あるスナック菓子の新製品開発だ。ウマ辛ポテトスナック『暴君ハバネロ』に、新シリーズを…という要望に対し、尾形さんが提案したネーミングは『魔性ウメデューサ』。このネーミングがはまった瞬間、パンチの効いた酸っぱさ、癖になる美味しさ、ちょいワルな刺激、という商品コンセプトとプロモーションの方向性が固まっていった。
「パワーを持った言葉をひねり出すには、個人の価値観を超え、さまざまな角度から課題を見つめる必要がある。どんなコピーがターゲットに刺さるか、この言葉にはどんなビジュアルがマッチするか。武蔵美で培った思考と表現の幅は、今の仕事に大いに生きています」。
同社には武蔵美出身のアートディレクターはたくさんいるがコピーライターは少なく、言葉とビジュアル、どちらにもリンクできる彼の発想力は高く評価されている。
企業のものづくりとセールスに深くかかわる広告代理店とは、尾形さん流に言うと“得意先の予算を託されて仕事する会社”ということになる。当然、クライアントを納得させるしっかりとしたロジックが求められるし、売り上げや話題性など、求められる成果も重大だ。
だからといってオーダー通りのものをつくってもつまらない。自分が考え抜いた言葉を、ビジュアルを、企画を、広い世界に問うてみたい。
「理想は、クライアントの意図を汲み、期待に応えた上で“どう遊ぶか”ですよね」と、自由なコピーライターは破顔した。
上司が語るムサビの人間力
人の心を動かす“強さ”に
こだわり続けてほしい
小野瀨 学
クリエイティブセンター 統合プラニング局 局長代理
クリエイティブディレクター
博報堂には「生活者発想」と「パートナー主義」というフィロソフィーがあります。しかしクライアントに寄りすぎると、ターゲットである生活者への想像力がぼやけてしまうし、その逆もありうる。
でも尾形さんには、ふたつの視点どちらも汲みながら、人の心に“刺さる企画”に仕上げる能力がある。自分のアイデアに対するストイックなこだわりを貫いていけば、より大きなプロジェクトを託せる人材になるだろうと期待しています。
企業リンク
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