取材:2017年5月

榎本 静香(えのもと・しずか)
2015年、油絵学科卒業。
武蔵美入学当初から卒業後の自立を意識して、制作と就職活動を両立。
幅広いものづくりに関われる可能性を求めて広告制作、製版、印刷を主な事業とする株式会社日庄に入社。
現在はデザイナーとして各種SPツールの制作に携わっている。


クライアントとターゲット
心を射ぬいた華のあるデザイン

「決して一人ではできなかったけれど、これが私のデビュー作ですね」。優しく傾けたボトルの中で、透きとおった黄金の輝きが揺れる。

栃木の酒蔵・西堀酒造が発表した『愛米魅(I MY ME)』は、酒造用の米をあえて使用せず、赤米と緑米だけを使った日本初の純米酒。甘酸っぱくフルーティな香りをもつ新酒を世に送り出すため、クライアントはパッケージングにも大いにこだわった。

質感のある黒い封、白いインクで描かれているのは、よく見ると米粒のリース。華やかさとシックさを併せ持ったこのデザインを手がけたのが、株式会社日庄に入社3年目の榎本さんだ。

小さな酒造の大胆なチャレンジを、どうデザインに落とし込むか。自分と同じ若い女性というターゲット層を、いかに惹きつけるか。多くの要望と限られた時間の中、榎本さんが全力でまとめたデザイン案は、都心でのモニタリングの結果、見事に市場とクライアントの心を射止めた。

「ボトルデザインが決まってからは、外箱やリーフレット、展示ブースなど販促ツールのデザイン制作も次々に発生して、会社の先輩方に随分サポートしていただきました。ひとつの製品が生まれるのには、こんなにたくさんのツールが必要なのか、って」。大変だったけれど、幅広いものづくりに関わりたいと願って社会に飛び出した榎本さんにとって、それは貴重な経験となった。

ボトルの採用をきっかけに『愛米魅』の多彩な販促ツール制作も担当。
撮影にあたっては小物や料理の手配、構図のディレクションまで貴重な経験を得た。

「絵からは決して離れられない」
働きながらも、夢は続く

脳と感性をフル稼働させる仕事と、スタートしたばかりの社会人生活。ともすればゆとりを失いそうな、そんな時こそ榎本さんは絵を描く。自室の一角にいつも置いてあるキャンバスに向かって、無心で絵筆を走らせる。

「絵を描くのが大好きで武蔵美に入った一方で、いつまでも親がかりではいたくないとも思っていましたから、就職は当然の選択でした。実際、社会人になった今でも、描くことは続けています。制作はやっぱり週末中心ですが、平日でも時間があれば筆を握る。それだけで心がすうっと落ち着くので」。同じ学科の友人の中には、今もアート一筋という人もいる。それでも榎本さんは、働きながら描き続ける道を選んだのだ。

「武蔵美時代に学んだ、いろんな情報や刺激をインプットすることの大切さは、今の仕事にもしっかり生きていると思います。人と向き合い、ニーズを吸収する。まだ形になっていない想いを、自分の感性を通してアウトプットする。この仕事も絵も、きっと根っこが同じなんです」。

榎本さんの実績ファイルの巻頭を飾る、美しい金のボトル。このファイルが厚くなっていくのと歩みを揃えて、キャンバスも数を増していくだろう。「いずれ作品がたまったら、個展を開けたらなって」と楽しげに語る笑顔は、学び舎で得た力で自らの暮らしを支える自信に輝いていた。

心落ち着けたい夜や週末に、いつでも絵筆を持てるよう、部屋の一角に設けたアトリエコーナー。
入社研修中に作った紙粘土の食材模型。
「東京の食」をテーマにした展示ブースのキービジュアルとして採用され、デザイナーへの道を拓いた思い出の作品だ。

上司が語るムサビの人間力

アイデアを即カタチにできる表現力

杉山 章
事業開発部 部長

榎本さんは当初“制作チームの気持ちが分かる営業に”と総合職で採用されました。しかし研修中にとある「食の展示会」の企画に参加してもらったところ、いきなり紙粘土を買ってきて、立体イラストを作りだしたんです。アイデアをすぐにビジュアル化し、しかも即採用されるクオリティ。この力はやはり制作向きだろうと、現在の配属になりました。企画力・制作力強化をめざす当社にとって、今後ますます期待の人材です。

企業リンク
> 株式会社 日庄