
<卒業生データ>
大森雄生
2019年 工芸工業デザイン学科卒
日産自動車株式会社
グローバルデザイン本部
第二プロダクトデザイン部
――現在の業務内容について教えてください。
大森雄生さん(以下、大森):日産自動車には現在ふたつのブランドがあり、ひとつが海外向けに販売されている高級車ブランド「インフィニティ」、もうひとつが国内でよく目にする車種を取り扱う「日産ブランド」です。僕は「日産ブランド」の自動車のインテリアをデザインしています。
軽自動車やミニバンなどの身近な車から、モーターショーなどで展示するためのショーカーなど、幅広く携わっています。
――進学先にムサビを選んだ理由はなんだったのでしょう?
大森:高校生のころには、将来はカーデザインに携わる仕事に就こうと決めていました。幼いころから絵を描くことが得意で、『ガンダム』などのロボットやメカニックが好きだったんですよね。さらに親が車好きだったこともあり、迷うことなく進路を決められたんです。だから高校も、デザイン学科があるところに進学しました。
美大の予備校に通いながら進路を考えるにあたって、カーデザインへの近道となる大学はそう多くないことを知りました。そのなかでもムサビは学校見学に行った際に、いい意味で美大っぽくない雰囲気が気に入りました。おしゃれすぎず、泥臭いところというか(笑)。気取った感じがないところが自分に合いそうだと思い、進学を決めました。
――高校生のころから思い描いていた就職先のイメージを、ぶれずに貫き通したのはすごいですね。在学中はどんなことに取り組んでいたのでしょうか。
大森:1年生の夏ごろから、すでにモビリティのデザインをガンガン描いていました。というのも、1年生のときに「動く形」というモビリティデザインの授業を受講したのですが、その授業のはじめに、すでにカーデザインの職種で就職が決まった4年生の先輩が突然現れて「カーデザイナーを目指すなら、いまから始めないと間に合わないよ」と教えてくれたんです。その流れで、カーデザインに興味を持つ学生が集うサークルに入り、ひたすら車のデザイン画を描く日々でした。そのサークルには2、3年生を含めて40人ほどがいましたね。

――カーデザインをしたいと思ったら、自動車メーカーに入ることが唯一の道になるのでしょうか?
大森:唯一ではありませんが、自動車メーカーに入社することを第一目標とすることが多いのは事実です。ほかには日産でいえば「日産車体」というグループ会社など、自動車メーカーの関連企業に入社するケース、エクステリアやインテリアのパーツサプライヤーに入社するケース、あるいはカーデザインを請け負うデザイン会社に入社して、デザイナーを目指す道などがあります。
――数ある自動車メーカーのなかから、日産自動車を選んだ理由はなんですか?
大森:2018年に見学に訪れたモーターショーで、日産だけ、かなり攻めた印象があったからです。当時は、電気自動車や環境に配慮したモビリティなど、クリーンなイメージを打ち出している会社が多かったんですよね。そのなかにあって、日産はいい意味で非日常の近未来的な要素があったり、環境に配慮はしつつもその先を見据えた印象があったりして、ちょっと異端児っぽい、“ロマン”を追い求めている感じだったというか。会社の方向性として共感できるところがあり、最終的に日産に入社することを決めました。
――印象に残っている業務やプロジェクトがあれば教えてください。
大森:入社3年目のころでしょうか、カーデザインの理想と現実のギャップを埋めていく仕事に直面したことがありました。
プロジェクトには上流・下流とそれぞれ段階があって、上流では自由にアイデアを広げ、下流ではそのアイデアを商品化するために、設計要件やコストについて徹底的に考え抜いてデザインを進めます。そうした課題をクリアしつつ、デザイナーとしてやりたいことを少しでも多く叶えるためにはどうしたらいいのだろうと、初めはかなり悩み苦しみました。
でも少しずつ、「必ずしもすべてが自分の理想通りでなくとも、最終的にお客様が満足いただけるよい商品になればいい。自分のデザインの理想を追求することだけが仕事ではない。」ということを学ぶことができました。
――車にもいわゆるエクステリアと呼ばれる外装のデザインと、大森さんが担当する内装、インテリアデザインとがありますが、インテリアデザインのおもしろさはどんなところに感じますか?
大森:車のデザインといえばエクステリアの印象が強いと思いますが、実際に車に乗って、使い勝手の良し悪しなど、徐々に重要性がわかってくるのがインテリアデザインのおもしろさです。
購入者が車を使いながら一番長く時を過ごし、手に触れ、目に入る部分が大きいのはインテリアです。そして、人の生活に寄り添うことができることもやりがいのひとつかなと思います。

過去には車のエクステリアデザインに関わっていたことも。日産SERENAのホイールは大森さんのデザインが採用された
――仕事をするうえで常に心がけていること、大切にしていることはなんですか。
大森:デザインをする前に「この車の世界観は、どういうものだろう?」と考え抜くことを大切にしています。たとえば日産のなかにも、キャッチーでアイコニックな世界観が特徴の車種「キックス」(海外市場向け)や、もう少し大人びた雰囲気で、走りの性能を追求した「スカイライン」など、さまざまな世界観をもった車種があります。
世界観を深堀りしたうえで形を考えていくと、意外と別のデザインにたどり着いたりすることってよくあるんですよね。
――そうした考え方を早くから持つことは、美大の特徴のひとつでもあるような気がします。ムサビで学んだ影響はありますか?
大森:モビリティデザインを研究する稲田真一教授に就いていたのですが、先生は常に「形を無我夢中に描く前に、まず考えなさい」と常に指導してくださいました。
届けたいユーザーがなにを求めているのか、自分のデザインはどんな新しい価値を提供できるのか、それをどう車に活かしていくのか……。とにかく4年間叩き込まれたムサビでの教えは、いまの仕事に活かされていると感じます。
実は、初めはそうした考え方が苦手だったんです。「形がかっこよければいいだろ」と尖った1年生だったのですが、稲田先生のもとでそれではいけないと学びました。いまでも先生の教えが、僕のものづくりにおける考え方の基準になっていますね。
――新しい価値の提供、というのがキーワードになっているんですね。
大森:究極を言うと、決まりきった枠組みのなかで考えるのではなく、「本当に車である必要があるのか?」という根本から問い続ける必要があるのだということなんですよね。自動車メーカーにいる人間がこんなこと言っていいのかわかりませんが(笑)。
ムサビでの教えは、哲学的なことも多かったですね。プロダクト単体というよりは、もう少し深い部分まで考えてみようよ、というメッセージがあったような気がします。
――ほかにもムサビ出身でよかったと思うことがあれば教えてください。
大森:「工芸工業デザイン学科」というくらいなので、「工芸」方面に携わりたい仲間との交流があったことはよかったです。
工業デザインだけだと、プロダクトデザインを目指す人が多く、就職する学生がほとんど。そんななか、工房勤務を目指す人や、作家を志して初めから就職を考えていない人もいたので、価値観や考えの違いに触れられたことはいい経験でした。
――学生時代にやっておけばよかったなと思うことはありますか?
大森:そうですね、もっと他学科の人たちと交流しておけばよかったなと思います。先ほども言った通り、モビリティデザインのサークルやゼミに入って、ずっと自動車メーカーに就職することだけを考えて学生生活を送っていたので、遊ぶ時間もほとんど取れませんでしたし、あってもサークルやゼミの友だちとの交流だけだったんです。仲がよかったのはいいことだけれど、身近なところですべて完結してしまったんですよね。
いま思えば就職することだけが正解ではないし、むしろ美大に入ったなら、もっといろいろな人との交流を楽しめばよかったかなと少し後悔しています。
――今後の目標や、チャレンジしたいことがあれば、ぜひ聞かせてください。
大森:自分が考える世界観を、最大限に表現したプロダクトをつくってみたいです。
もしかしたら車に限らないのかもしれないし、コストや要件の制限はあるかもしれないけれど。うまく折り合いをつけて、思う存分理想を詰め込んだプロダクトを世に生み出すことが目標です。
――最後に、ムサビを受験することを迷ってる高校生に向けて、ひと言メッセージをお願いします。
大森:自分の進むべき道や、やりたいことの方向性に迷うことは、誰しもあること。ムサビに入学してからも、迷い続けていいと思います。
でもムサビには、なにも考えず「無難に卒業できればいいや」と思っている人は少ない。みんな「迷っている」ことも含め、意志をもって進んでいる人が多い学校です。そうした人が周りにたくさんいる環境のなかに身を置いて大学生活を送るだけでも、僕はムサビに入学する価値がある、そう思いますね。