
<卒業生データ>
大﨑千野
2020年 大学院修士課程 映像コース修了
東京都写真美術館
事業企画課 事業第一係
学芸員
――進学先にムサビを選んだ理由について教えてください。
大﨑千野さん(以下、大﨑):アニメや漫画がすごく好きで、アニメに関わる仕事に就きたいと思い、都市部の学校に行ったほうがアプローチしやすいのではとムサビを選びました。
初めて買った漫画が、ムサビがモデルになっている『ハチミツとクローバー』だったこともあって、ムサビの存在は小学生のころから知っていました。
――映像学科を選んだのはどうしてでしょうか。
大﨑:もともとは芸術文化学科に入ったんですが、より専門的に映像を学びたい気持ちが強くなり、3年生のときに映像学科に転科しました。
映像学科では、3年生の時は板屋緑先生、4年生からは篠原規行先生のゼミに入りました。板屋先生と篠原先生はイメージフェノメナンというジャンルを提唱されていて、映像における現象や再解釈について実践的に研究されていました。ゼミでは、どうすれば映像装置や映像そのものを使わずに映像のように動いてみえるのかを探る実験的なことをしていましたね。
大学院の修了制作では大きな教室にビニール製のクッションをたくさん並べ、作品のあいだを来場者が通ることで空気の流れからクッションに動きが生まれ、教室全体を見ている人も作品を部分的に見ている人も映像的に感じられるようなインスタレーションを制作しました。

――ムサビに入ってよかったと感じることはありましたか?
大﨑:仲間ができたというのがいちばんです。映画やアニメについて共有できる友人がたくさんできました。進級制作のときには制作でクタクタになって、夜な夜なみんなでラーメン屋さんに自転車で行ったのもいい思い出です。
それから、ムサビにはイメージライブラリーという場所があって、いろいろな映像作品を見ることができるんです。3年生から4年生にかけて授業数が減っていくなかで、ほぼ毎日通って作品を観た時間も印象に残っていますね。
――就職について聞かせてください。作家活動や映像制作会社なども選択肢にあるなかで、現在の勤務先を選んだのはどういった理由だったのでしょうか。
大﨑:ちょうど私が大学院を修了するころ、コロナ禍が広がっていました。いくつかの会社を受けてはいましたが、当時は最終面接まで進んでも、「そもそも今後、会社がどうなるかわからない」と言われるような雰囲気になってしまっていました。そのなかで、学芸員資格取得のための実習でお世話になっていた三重県立美術館が求人を出していて、採用されたのが学芸員になったきっかけです。
結果論になってしまうのですが、映像学科では学芸員資格は取得できないので、1、2年生のときに芸術文化学科で学芸員課程の授業を履修していたことが功を奏しました。
※学芸員資格は造形学部全学科で所定の科目を卒業必要単位に加えて履修し、単位を修得することで取得できる。
ただ、最初に入った美術館は絵画や彫刻作品がメインで、働くうちに、写真や映像作品を扱えるような美術館で働けたらいいなとあらためて思うようになりました。そのタイミングでたまたま東京都写真美術館の募集が出て、採用していただきました。
――現在はどんなお仕事をされているのでしょうか。
大﨑:主に展覧会の企画や準備、収蔵作品の他館への貸し出しに関わる業務に携わっています。東京都写真美術館は公立美術館であり、収蔵作品は東京都の大切な財産です。しかし、当館の展示だけでは観てもらう機会が限られてしまうので、全国の美術館に貸し出すことで、作品が活躍できる場所につなげていくことができます。
――これまでに携わったなかで、特に印象に残っている業務はありますか?
大﨑:2024年度に「今森光彦 にっぽんの里山」展という展覧会に携わったことです。それまで副担当として展覧会に関わることはありましたが、初めて主担当として全体の進行・調整を担う機会となりました。なかなか慣れない部分がありましたが、同僚のみなさんのサポートや今森さんのお力添えがあり、無事に閉幕まで走り切ることができました。

――仕事をするなかで、常に心がけていることを教えてください。
大﨑:「ひとつひとつ、こつこつと。」ということを常に心がけています。学芸員にはお客様の目に触れるギャラリートークなどのような華やかな部分と、コツコツと進めなければならない部分の両方があると思います。そして、マルチタスクでいろいろなことをほぼ同時にやらなければなりません。事務的な書類での手続きや、作品に関する確認や館内外との調整といった地道な作業は、小さなものを積みあげていくようなイメージがあって、作品制作と同じような感覚だと思います。
――ムサビでの経験がいまの仕事に活かされていると感じることはありますか?
大﨑:目に見えて役に立ったのは、作家との会話のなかで「私も学生時代に制作をしていたんです」と話すと、それをきっかけに打ち解けてくださることがありました。イメージの共有もしやすい印象があります。制作をしていた経験は価値のあることなんだと気づきました。
――学生時代にやっておけばよかったなと思うことはありますか。
大﨑:収蔵作品の貸し出し先は国内だけではないため、海外の方とのやり取りも発生するんです。コミュニケーションをとるうえで、英語をもっと学んでおけばよかったと思っています。
単純に貸し出しの可否を回答するだけではなく、先方の美術館の展示環境や作品への影響も調査する必要があります。専門用語もありますし、特定の言葉が海外でも同じような意味を持つのかわからなかったりする。同僚に相談したり、過去にやり取りしているメールを確認しながら、よりよい表現方法を日々学んでいます。
――今後の目標や、やってみたいことを教えてください。
大﨑:今後の目標は、担当している展覧会の「TOPコレクション 不易流行」展や「日本の新進作家 vol.22」展を無事に開幕させることです。加えて、勉強も頑張りたいなと思っています。英語もそうですが、作家について理解を深めたり、作品の背景となる歴史や文化を学ぶび続けることも学芸員の大切な仕事ではないかと考えています。高校生のときの自分が見たら、こんなに勉強し続ける仕事に就くなんてと、すごくびっくりすると思います(笑)。
さまざまな作品に接する機会も多いので、なにかつくりたいと思ったりもしますが、仕事との両立がなかなか難しいのが現状です。ただ、最近は日々の忙しさに埋もれていたときめきを取り戻すイメージで、リハビリのようにインスピレーションを受けたものや風景をチェキやスマートフォンで撮り溜めていて。そんなふうに、まずは自分のなかにある「いいな」と感じる気持ちやポイントを思い出していくことが、制作にもつながっていくのではないかと思います。
