<卒業生データ>
酒井日花
2022年 映像学科卒

株式会社小学館
広告局
第2企画営業室


――酒井さんは現在、小学館でどんなお仕事をされているのでしょうか。

酒井日花さん(以下、酒井):広告局で女性向け雑誌の『CanCam』『Oggi』『美的』の広告営業をしています。雑誌の発行には広告収入が欠かせません。そのため、クライアントのPR活動を支援し、広告出稿枠の制作や、その枠の営業をしています。

酒井さんが広告営業を担当している女性向け雑誌。左から『CanCam』2024年7月号、『Oggi』2024年8月号、『美的』2024年9月号。

また、IP室という漫画やキャラクター版権を扱っている営業室も兼任していて、そちらでは「図鑑NEO」という図鑑シリーズの営業を担当しています。

――進学先にムサビを選んだ理由を教えてください。

酒井:きっかけは高校1年生のときにクラスで映画を撮ったことです。その作品をTOHOシネマズ学生映画祭というコンペに応募し、グランプリを受賞しました。父親が脚本家だったこともあり、映像に関わることがしたいと思っていたなかで、映画で人に認められたのがすごくうれしかったんです。そこから美大をめざすようになり、のびのびと作品をつくれそうなムサビに入学しました。

――在学中はどんなことに取り組んでいましたか?

酒井:実は、ムサビに入ってからは映画はなかなか続けられなかったんです。授業でCGやカメラ、アニメーションなど、さまざまな課題に取り組みましたが、「監督」という役割が持つ責任が、気持ちいいものではないなということに気づいてしまって。なにか別のこともやってみたいなと思い始めたころにコロナ禍が来ました。

家から出られない時期に、高校生のときにつくっていたアニメーションをまたつくってみたら、すごく楽しかったんです。そこからハマっていき、在学中に外部からのアニメーション制作の依頼を受けたり、卒業制作もアニメーション作品で優秀賞をいただきました。

卒業制作の手描きアニメーション《痼empathy》。「胸にしこりができた。コロコロと皮膚の下で動き、姿がつかめない。形や大きさ、色も皮膚で遮られてしまい想像するしかない。しこりは私の体の中で確実に成長し、大きくなっていく。私の養分を横取りされているような、害であるしこりに対して、私は思考する」

――学生生活で特に印象に残っている思い出はどんなことですか。

酒井:関野吉晴さん(文化人類学/探検家)のゼミで、カレーライスをいちからつくったり、イノシシを解体したり、クマ狩りについて行ったりしました。学内で栽培されているビワの実を採ったこともありましたね。

――授業以外の活動はされていましたか。

酒井:シルクスクリーンのサークルの部長を務めていました。いろいろ活動しやすくしたところ200名近い部員が入ってきてしまって(笑)、日々の連絡をやり取りするのが大変でした。自作のイラストでTシャツをつくり、芸祭で販売したのは楽しかったです。

――卒業後の進路として、作家活動ではなく就職を選んだのはなぜでしょうか。

酒井:いわゆる「新卒カード」を使わないのはもったいない、かつ、大きい会社に入ってみたいという思いがあったからです。

最初はテレビ局やアニメーションプロダクションなど映像関連の会社に応募して、内定もいただいていました。でも就活を進めるうちに「人を幸せにできるクリエイティブ」、特に子ども向けのコンテンツに関わる仕事がしてみたいと思い始めたんです。

そこで出版社やゲーム会社も選択肢に含めるようになり、幼いころから小学館の図鑑が好きだったこともあって小学館を選びました。配属は図鑑編集部を希望していたのですが、図鑑編集部はベテランの方が多い部署。本をつくりたいなら最初はいろいろな部署をまわって勉強したほうがいいというアドバイスをいただき、広告局に配属になりました。

――仕事をするうえで、心がけていることや大切にしていることを教えてください。

酒井:営業という立場ではクライアントと編集部が、直接関わる人なので、そこだけになってしまいがちですが、広告出稿の目的はクライアントの価値を読者にしっかりと届けることです。だから、読者の存在を常に意識しています。

言われたことをそのままこなすのではなく、提案の際に改善の余地があれば「それでは読者に届きません。でもこのプランなら効果的です」と、ちゃんと言う。それがクライアントの信頼を得る方法だと思っています。

いまはSNSもありますし、強い訴求力を持つインフルエンサーもたくさんいるので、雑誌に広告を出稿する必然性は低くなっていると思います。そんななかでも小学館のメディアを選んで広告を出していただくわけですから、「小学館に頼んでよかった」と感じていただけるように尽力していきたいです。

――これまで携った業務やプロジェクトのなかで特に印象に残っているものはありますか?

酒井:入社1年目のときに、美容雑誌『美的』が男性誌とコラボして、ジェンダーレスなWEBメディアをつくろうという話になったんです。その企画を進めるなかで、私が提案した『美的HEN』というタイトルが採用されたことでしょうか。

ムサビ時代に社会学の授業で、北欧の国ではジェンダーレスが進んでいるということを聞きました。英語の“They”のように、スウェーデンの若者のあいだで性別を特定しない代名詞として“HEN”という言葉が使われ、それが公文書でも使われる流れになっているという話でした。

これは媒体の目的に合っているし、日本語だと変化の「変」という字にもなる。さらに、読みやすい。いま振り返ると、ムサビ時代に作品のタイトル付けをたくさんした経験が思わぬところに活きたと思います。

――ムサビでの経験が仕事に活かされたんですね。ほかにも経験が活きたと思うことはありますか?

酒井:雑誌制作の流れがだいたいイメージできたことです。学生時代にスタジオ撮影もやりましたし、映像作品にかかわらずいろんな作品をつくったことで、クライアントの求めていることを、ライターさん等にかみ砕いて伝えるポイントなども掴むことができました。最初はすごくそれがありがたかったですね。

いまは、クライアントからの「なにかおもしろいことをしたい」というざっくりとしたリクエストに対して力になりたい!と思えることも、ムサビでものごとを突き詰めて考える経験をたくさんしたからだと思っています。

――今後の目標や、やってみたいことについて教えてください。

酒井:仕事では、やっぱりいつかは図鑑の編集をやってみたいです。プライベートでは、自主制作でアニメーションやイラストをつくり続けたい。学生時代よりはスローペースですが、自分の作品にまだまだ満足できてないので、それが原動力になっています。

――ムサビを受験することを迷っている人に向けてメッセージをお願いします。

酒井:率直に、ムサビはすごく楽しかったです。同世代のさまざまな作品に触れられたことも、授業での学びも、先生との出会いも、すべてが貴重な財産です。学生がやりたいと思ったことを否定せず後押ししてくれる環境なので、のびのびと楽しく作品制作ができると思います。迷っている人はぜひ挑戦してみてください。

美大生ならではの感性や、作品をつくり続けたり、課題の締め切りに追われたりする経験は、社会に出たらすごく有利にはたらくと思うんです。たとえば、本来ならハードルだと感じるようなことも、美大出身者だとハードルに感じない。些細なことですが、そういう特性は社会で必要とされていると感じます。