<卒業生データ>
松尾実可子
2016年 油絵学科油絵専攻卒

株式会社日本テレビアート
コンテンツデザインセンター
ドラマ・映画部
セットデザイナー


――松尾さんはいまどんなお仕事をされているのでしょうか。

松尾実可子さん(以下、松尾):株式会社日本テレビアートのドラマ・映画部という部署で、セットデザイナーをしています。テレビドラマに登場する人物たちの部屋や会社などのセットをデザインするのが主な仕事です。ドラマに出てくるオリジナルの小道具や、架空の会社のロゴマークなどをデザインすることもあります。

――デザインはどのような流れで進めていくのでしょうか?

松尾:ドラマの台本を読んで監督やプロデューサーと打ち合わせをしたら、まずは部屋の間取り図のような平面図を描きます。これをもとに監督やカメラマン、照明部と何度も打ち合わせをして最終的な平面図が決まったら、ビジュアルパースと呼ばれるイメージ画を作成し、そこから大道具担当者や装飾担当者などに実製作を発注していきます。

物語の内容によりますが、連続ドラマの序盤から終盤まで使われるメインセットを4〜5種類と、1話だけ登場するような単発セットをいくつか、スタジオとロケを含めて合計10〜15種類ほどの空間をデザインすることが多いです。ちなみに、ドラマのセットは基本的に撮影スタジオの中に建てるので、天井部分を上から吊っていたり、柱を省略していたりと、現実の建物では不可能な設計も可能です。そこがテレビ美術の特徴であり、さまざまな工夫が活かせるおもしろいところです。

――ムサビでの専攻を教えてください。

松尾:油絵学科の油絵専攻です。当時は3年次から2つのコースに分かれており、私は抽象画やインスタレーションに取り組むコースで抽象画を描いていました。

――松尾さんはどういったきっかけでムサビを受験したのでしょうか。

松尾:絵を描くことが好きで、油絵の表現に興味がありました。オープンキャンパスや芸術祭を訪れた際に感じた穏やかな校風に直感的に惹かれ、ムサビを志望しました。

――学生時代の印象的な思い出を聞かせてください。

松尾:サークル活動では立体作品もつくってみたいなと思って、彫刻ができそうな彫塑部に入ったんですが、なんと私が入学したときには大学院の先輩が1人所属しているだけだったんです。しかも、私が入ったらその先輩も「あとはよろしくね」と抜けてしまったので、学科の友人たちを誘って彫塑部を引き継ぐことにしました。そんな経緯で、新入生なのに部長として楽しく活動しました。“彫塑”と謳っていますが、革細工をしたりレジンをやったりと幅広い素材を扱っていましたね。

1、2年生のときは芸術祭実行委員もやりました。芸術祭では個人の作品展示をしたり、彫塑部として革小物をつくってフリーマーケットに出店したり。油絵は個人制作なので、仲間とわいわい言いながらつくっていく時間は楽しかったです。

彫塑部で芸術祭のフリーマケットに出店。ブースに座っているスタッフのうち、手前から2人目が松尾さん

――大学で学んだことは現在の仕事にも活かされていると感じますか?

松尾:油絵とセットデザインは一見関連がなさそうに見えますが、テレビや映画は最終的にモニターを通して放送されるので、私は平面に絵を描くのと同じように画面の中の世界を考えています。そういう意味で、大学時代に作品を制作するなかで養われたものが活きていると思います。
また、ドラマの仕事は案件ごとにたくさんの人たちとのチームを結成し、コミュニケーションを重ねながら進めていきます。どの現場でも毎回初めて出会う人がいて、濃密な数カ月間をチームで過ごすんです。そこには、友人たちと一緒にサークルを運営していた経験が活かされているような気がします。

――ムサビ出身でよかったと感じる場面はありますか?

松尾:ムサビで出会った人たちがそれぞれいろんな場所で活躍しているので、ドラマの設定によっては取材させてもらうことも多いですね。作家になった人もいるし、企業や学校で働いている人もいます。ムサビでいろいろな人たちと出会えて今も友だちでいられることはとても刺激的ですし、自分のなかで財産だなと思っています。

――松尾さんは企業に就職することをいつから決めていたのでしょうか?

松尾:入学したころは卒業後の進路はまったく考えていませんでした。アルバイト先で一般大学の子たちと話しているうちに、自分は会社で働くのが向いているだろうなと自然に思うようになっていったんですよね。就職活動は、3年生になってから恐る恐るという感じで始めました。

――就職された日本テレビアートを選んだ理由はなんでしたか?

松尾:リアルもフィクションも含めてさまざまな世界観を描きたいと思い、映像業界やゲーム業界などの会社説明会に参加しました。説明会を経て最終的に志望をテレビ業界に絞り、首都圏の主要なテレビ局を各局受けました。そのなかで日本テレビアートは社員がすごく楽しそうに仕事の話をするのが印象的で、自分もそんなふうに仕事がしたいなと思ったんです。

――担当されたプロジェクトで印象深いものを教えてください。

松尾:日テレ系2023年4月期水曜ドラマ『それってパクリじゃないですか?』では、チーフデザイナーとしてセットデザインを担当しました。監督から「とにかく広がりのある空間にしたい」と依頼されて、大きな倉庫をリノベーションしたようなオフィスをデザインしました。これほど広い空間は珍しかったようで、周りからの反響も大きかったです。

立体物のセットをつくっても、テレビ画面を通してみなさんの目に届くときには2Dになります。ひとつの画角に人物や背景がどのように収まるのかを計算してデザインしていますが、このくらい大きなサイズのセットをつくるときには普段と違う視点で描く必要がありました。

セットの外観は実際の建物をお借りして撮るのですが、今回の建物は特徴的な窓があったのでセットにも活かしました。そのため撮影スタジオの中に、窓の外の景色をつくっています。屋外の造形のクオリティを上げないと本物らしく見えないので、大きい窓があるセットは実は大変なんですよ。現地の景色を撮影した写真を20メートルくらいのシートに印刷して、セットの外側に設置しています。さらに木々に見立てたグリーンなどを窓とシートのあいだに置いて、扇風機の風で揺らしてリアリティを出しました。

『それってパクリじゃないですか?』のオフィスのセット。天井が寂しい印象にならないよう太い梁を設け、その上からリノベーションしたときにライティングレールやシーリングファンを後付けしたという設定でプランを練った

松尾:弱視の女性が主人公の『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』というドラマでは、彼女が住む部屋のセットをデザインする前に、弱視の方の実際のご自宅を取材させていただきました。どんなものが置いてあるのか、あるいは置いていないのかを一つひとつ見せていただき、セットに落とし込んでいった思い出があります。家具の配置や小道具の意味などを視聴者の方に説明する機会はありませんし、すべてがカメラに映るわけでもないのですが、こういった小さな積み重ねがドラマの説得力につながるのだと思っています。

また、スタジオセットに対して屋外につくる「ロケセット」というものもあります。『君と世界が終わる日にseason2』では、架空の島「猿ノ島」のロケセットをつくりました。登場人物がゴーレムというゾンビ化した人間から逃れてたどりついた無人島で、先に逃げてきていた人たちが、すでにそこで生活を始めていたという設定です。なにもない場所だったのでなにか象徴的なものがほしいと思い、木を立てたり、カメラで撮ったときに海面が画に入るように、8トンの土を使って地面の高さを上げたりもしました。ロケセットはスタジオセットと違ってもともとある空間にこちらで製作したものを追加して世界観をつくっていくので、うまく馴染むよう雨の跡や土汚れなどの“汚し”を施すのもポイントです。

『君と世界が終わる日にseason2』の「猿ノ島」のロケセット。なにもない野原にシンボルとなる木を立て、さらに昔は人が住んでいた場所だったことが伝わるよう、経年劣化したような加工を施した軽トラックなどを置いた

――松尾さんが仕事をするうえで心がけていることはなんですか?

松尾:独りよがりな仕事にしないことです。大学で油絵を描いているときは自分ひとりでの制作でしたが、ドラマのセットは大道具、装飾、電飾、特殊造形、造園、生花……など、それぞれプロの担当者がいて、みんなでつくりあげていきます。その最初の設計図をデザインすることの責任は大きいですね。コミュニケーションを大切に、「チームでつくっている」ということは常に意識しています。

――今後の目標を教えてください。

松尾:ドラマの部門に異動して5年目になりますが、いまは、がむしゃらにこの仕事をやっていきたいです。クライアントがいる仕事ですので、当たり前ですが自分がつくりたい世界観に直結する案件ばかりではありません。でも、台本や演出家の意図など、与えられた設定を深堀りしていくことで、さまざまなものが見えてきます。また、同じことがひとつもなく、常に新しいことに挑戦できるのがこの仕事のおもしろいところです。さまざまな案件で場数を踏んで自分の引き出しを増やし、デザインの精度を高めていきたいですね。

――ムサビへの受験を迷っている人に向けて、メッセージをお願いします。

松尾:ムサビは可能性を育ててくれる場所です。絵を描いたり、サークルに打ち込んだり、芸祭をみんなでつくったりと、私は自分の好きなことを自由にやらせてもらいました。美術が好きな人は、ぜひ目指してほしいなと思います。