2024年春からスタートする「武蔵野美術大学実験区」は、美大生が描く世界を実現させるために、クリエイティブとビジネスという手法でアプローチする創業支援プログラム。トークイベントでは、さまざまなバックグランドを持つゲストと一緒に創業支援プログラムの可能性について探っていきます。
2024年3月6日(水)に開催された初回のゲストにお招きしたのは、長らく企業でデザインに携わってきた武蔵野美術大学教授・丸山幸伸さん。「美大にしかできない創業の場をつくるには?」をテーマに、さまざまなお話を伺いました。

▼武蔵野美術大学実験区
https://jikkenku.musabi.ac.jp/

【ゲストプロフィール】
丸山幸伸さん
武蔵野美術大学教授

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2014年に渡英し、欧州R&D部門 Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、スマートシティのサービスデザインを経て、2018年日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。現職は、日立製作所研究開発グループ主管デザイン長(Head of Design)。2023年に、武蔵野美術大学造形構想学部教授に着任。

【モデレータープロフィール】
酒井博基
武蔵野美術大学創業支援プログラムディレクター

武蔵野美術大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科博士課程中退。ビジネスのシクミとシカケをデザインするクリエイティブカンパニー「d-land」代表。「六本木未来会議」「中央線高架下プロジェクト(コミュニティステーション東小金井)」「LUMINE CLASSROOM」などのプロデュースを手掛ける。2016年グッドデザイン特別賞ベスト100及び特別賞[地域づくり]をはじめ、受賞歴多数。書籍「ウェルビーイング的思考100 〜生きづらさを、自分流でととのえる〜」(オレンジページ)が2023年に出版。


まずは“なにを問うか”を丁寧に温める

酒井博基(以下「酒井」):“実験区”と呼ばれるにふさわしい場をつくっていくためには、美大のなかだけに閉じてしまうのではなく、企業や他大学など外部との連携が不可欠です。長らく企業でデザインに携わり、現在はムサビで造形構想学部クリエイティブイノベーション学科の教授を務めている丸山さんには、「武蔵野美術大学実験区」の構想が生まれた当初からいろいろなご意見をいただいてきました。今日は、あらためて丸山さんの視点からこのプログラムについてお話を伺っていきたいと思います。まず、このトークイベントのテーマ「美大にしかできない創業の場をつくるには?」に対する第一印象をお聞かせください。

左から、モデレーターの酒井博基とゲストの丸山幸伸さん

丸山幸伸さん(以下「丸山さん」):まずこのプログラムは、「美大にしかできない」ものというよりは「美大がやらなければならない」ものという印象です。次の社会をつくる新事業に対して美大がなにをやるべきかを考えるのが、このトークイベントの目的でもあるのだろうなと捉えました。

いきなり細かい話になりますが、これまで企業などで実施されてきた新事業創成のスキームは、新事業のアイデアを持つ人が集められ、そこにメンターやプログラムを運営する教育コンサルタントが参加し、アイデアを一生懸命磨き込んで世の中に届けるというものだったと思います。それはそれで正しいと思うのですが、僕はそれよりも、“なにを問うか”が非常に大事だと思うんです。問いというものはすごく小さな好奇心から始まっていたりするので、それをどういうふうにカタチづくることを支えていくかがポイントになると以前から思っていました。

なので、社会の小さな違和感に気づけるような教育を受けてきた美大の学生がなにか好奇心を抱き、事業の入口になるような構想をつくることさえできれば、そのあと磨くに値するものになるだろうと。今回、プログラムの流れをふたつのフェーズに分けていると思いますが、前半のビジネスデザインアワードの部分にこそ美大らしさが現れてくるはずです。

酒井:新事業創出においては、事業アイデアの“how”の部分から入り、アイデアを叩いて強くしていくようなやり方が多かったなかで、武蔵野美術大学実験区ではまずは“なにを問うか”をしっかりと丁寧に温めると。

丸山さん:いまの時代はとても不確実で、1年、2年先を見通すのも難しい。そんな状況のなかで新しいことを考えるのって、簡単じゃないと思うんですよね。そうなると“Why”のところ、つまり、まず社会の変化に気がついて、その根源に向き合わないといけない。しかし、それに気がつくこと自体が難しいうえに、気がついたことってとても脆くてやわらかいものなので、ビジネスエリートのメンターや教育コンサルタントが磨くには不十分な固さなんですよね。それを磨きに耐えうるレベルまで持っていくためにはかなり丁寧な仕事が必要なのに、残念ながらいままではそういう状態を支える受け皿が存在していませんでした。

だから武蔵野美術大学実験区で学生に対してやるべきなのは、事業の実現性や実行性を鍛え込んでいくのではなく、問いが示されたときに、批評的な態度で“why”の部分への自信を育ててあげることだと思うんです。「あなたはこっちだと言っているけれど、こういう面もあるんじゃないか」と提示しながら、彫刻作品をいろんな角度から眺めるように“why”を形成していければいいのではないでしょうか。

酒井:「批評的な態度」というのはキーワードになりそうですね。美大の授業の大きな特徴のひとつに、講評会というものがあります。みんなの前で、自分の作品がさまざまな教授陣により批評的な目にさらされる機会であり、メンタルも非常に鍛え上げられます。しかも、A先生とB先生がそれぞれまったく矛盾するようなことを熱弁したりする。答えを求めるような教育では絶対にあり得ないことですよね。

丸山さん:私はムサビの市ヶ谷のキャンパスで教えていますが、学生が最初のうちなにがつらいかって、先生は答えを教えてくれないなかで、講評会で言われるさまざまなことを自分で判断しなければいけないことです。ほかの専門領域で教育を受けてきた人にとっては、文化が違いすぎてすごく戸惑うと思います。特に、社会人大学院生や他大学から編入してきた学部生は苦労しているように感じますね。

工学部や経営学部では、選択肢を設けてロジカルに判断していくディシジョン・メイキング(意思決定)の態度が求められます。いわば、目の前にあるもののなかから、自分にとって有益だったり意味のあるものを絞っていくという形です。一方でデザイン学部や人文社会科学部では、「世の中は常に変化しているんだから、まずは現場の実態を見に行こう」という態度で対象を見ている気がします。美大生はいまの時代の気分に合っているかとか、“相応しさ”にすごく寄り添ってものを考えるじゃないですか。工学では“最適解”があるはずだという前提になっていて、さらに最適解があるというのは、対象が時間的に動かないという、外乱がないことが前提になっているからだと思います。

酒井:丸山さんがおっしゃっていたように、いまは変化の時代ですよね。そのなかで“how”の部分から入るビジネスは、最適解があると信じて動くという強さがある一方で、ルールが変わるとまったく対応できないという脆さも持っている。なので、世の中は動いているという態度で対象を見ていくというのは、これからの時代のビジネスを考えていくうえでは重要だと感じました。

美大生の“無限に掘り下げていく”ところを活かしてほしい

酒井:丸山さんは、美大生の創業やスタートアップがどのような可能性を持つとお考えですか?

丸山さん:ビジネスすらデザインやアートの対象物だと捉えてもらえれば、従来の新事業のように「こういうニーズや趣向を持った人に合うマーケットをとる」というような対象を観る解像度が低い描き方ではなく、ビジネスで提供される価値について、かなり細かな“人の暮らし”まで目がいくと思います。美大生は、ファインアートかデザインかにかかわらず“まだそこにありもしないのに、ものすごく細かいところまでわかって作品をつくっている”じゃないですか。ああいうことを、プログラムの初期段階にやってくれることを期待しています。それができると、ビジネスを通して実現したい世界が最初に定義されるので、事業化に進んだときに想定していたやり方がダメになっても別のやり方にシフトしやすくなります。

酒井:なるほど、そういったところにはたしかに可能性がありますね。一方で、美大生の創業の課題についてはどうお考えですか?

丸山さん:半分冗談、半分本気で言うと、朝起きられない人がたくさんいることでしょうか(笑)。でも実は、それには別の側面があります。美大生って、なにかをデザインしてもらう、もしくは作品をつくってもらうと、みんな無限に掘り下げていくんですよね。それは、時間をかけるほど、たくさん迷うほど、クオリティが確実に高まっていくからです。そうした人が創業しようとしたときに、たとえば事業プランも練れば練るほどよくなっていくわけですから、止められなくなるんですよね。そうすると期日に間に合わなくなったり、果てに朝起きられなくなったりするということです。

美大ではない他大学の学生や企業と一緒に進めていくフェーズに入ると、今度は計画的に工程を管理していくことが必要になります。そのとき美大生は、段取りを考えても、心のなかでは「やってみなければわからないと」思うはずです。最後までアウトプットにこだわるのは本来、エンジニアもそうだとは思いますが、特に美大生は、自分の美意識が満足するまで人に見せない、できたと言わない。そうするとプロジェクトマネージャー役の人は何度も工程を引き直さざるを得なくなる。そこで絶対に揉めると思います。そこが美大生の最大の魅力であり、リスクですよね。

それから、意外だと感じる人もいるかもしれませんが、美大生はけっこう哲学的なところがあります。事業化を進めるなかでも、やっているうちにその課題の本質に気がついてしまうと、プロジェクトの後半になってから違うことを言い出してそっちを追究したくなってしまう、なんていうこともあると思います。クリエイターとしてひとりでやるのであれば自分のリスクとして処理すればいいのですが、チームで動くときには、なによりもそこを共有することが大切ですよね。自分ひとりが“見えてしまった”ものをきちんとアウトプットして共有しないと、プロジェクトは進みません。

酒井:ビジネスをつくっていくうえでは、いろんな人を巻き込み、そして共有していくというプロセスはすごく大事ですよね。ところで、ムサビやほかの美大の卒業・修了制作展を観ると、多種多様な興味関心をよくこのアウトプットに結びつけるなあと、毎年身が引き締まるような気持ちになるんですが、その反面、キャリアという面では意外とふつうの進路を選ぶケースが多いなと。グラフィックデザイナーやwebデザイナー、プロダクトデザイナーといった職種に対して自分を適応させていく人が多いことが、ずっと気になっているんです。学生時代にすごくおもしろいものをつくっていたのに、キャリアさえもデザインしていく、つまり自分でビジネスモデルをつくってそれを世に問う選択をする人は少ない。

一方で、ムサビの進路選択の割合は他大学とは圧倒的に異なります。就職希望が約6割、進学希望が約1割、残りが作家やフリーランスや起業という、要は「その他」の分類です。それが約3割を占めているのは大きな特徴なのではないでしょうか。

武蔵野美術大学実験区を通してその割合を増やしたいというわけではないのですが、その3割の内訳が、就職という道を選択しなかった結果そうなったのか、ポジティブに戦略を持って作家やフリーランスを目指しているのかは気になるところです。
そのような状況があるなかで、こういうプログラムをムサビに埋め込むことによって、そこから新しいムーブメントやカルチャーが生まれてくるといいなと。丸山さんはそれについてどう感じますか?

丸山さん:たとえばデザインの仕事がしたいと考えたら、いままでは商品やサービスを提供して収益を上げるような会社にデザイナーとして関わる人が多かったと思うんですね。そして自分の考えた新しいイメージを、商品やサービスを通じてお客様に届けていた。これからは商品やサービスだけではなく、自分が考えた未来の社会の仕組みや仕掛け、地域の人々が触れ合うイメージを、事業の仕組みに乗せて世の中に届けたらいいんじゃないかと思うんです。そうすると、自分の作家性やデザインとしてのメッセージをより遠くに、かつ多くの人に届けられるわけですから、進路選択の割合も変わってくるんじゃないかと思いました。

美大、他大学、企業……さまざまな人を巻き込むことの意義

酒井:ここからはプログラムの中身についても触れていきたいと思います。まず、美大生の特徴をうまく活かすにはそれぞれのフェーズで工夫が必要だと思いますが、成功の鍵を握るのはどのようなところにあるのかなと。そういえば以前「ビジネスデザインアワードへエントリーする際にエントリーシートを書いてもらうんです」と丸山さんに説明したとき、最初はそんなことさせちゃダメだとおっしゃっていましたよね。たしかにこういうものでエントリーシートを書くのは掟破りですが、そうしないと絞り込めないんです。

丸山さん:そうなんですよね。まずは美大生が世の中のなにに気づいているのか、なにに違和感を持っているのかに耳を傾けようじゃないかと。その段階なしに先へ進めないし、「その気づきは、たしかにいままでなかったよね」という角度のアイデアがほしいと思っています。それこそが、未来をつくるための光になる。むしろ、この時点で言語にできるようなものだったら、あんまり新しくないんだと思うんですよね。

そうやって言葉にできないものをエントリーで見せてくれたら、次にそれを形にしてもらう。僕らは別にプロトタイプが見たいわけではなく、build to think、つまり“考えるためにつくる”ことをしてほしいんです。美大生がもやもやと考えている気づきをなにか形にしてもらい、僕らも「ああ、そういうことだったんだ」と気づきを得て、それはぜひ事業にしてみようと思えれば、受賞につながってくるんじゃないでしょうか。

酒井:一次選考は、全2回のワークショップ形式になっています。つまり思いの丈を目に見える形にして表現してもらうと。そこでさらに絞り込んで最終選考のプレゼンに進むという流れです。

ひとつ特徴的なのは、エントリーは他大学の学生もOK、そして年齢制限もとっぱらって社会人もOKとしているところです。いろんな人たちを混ぜていきたい。というのも、美大生と一緒に起業したいというニーズはけっこうあるんじゃないかと考えたんです。そういうふうにしてチームを組成していくなかで、チームに美大生がいることの意義についてはどう思いますか?

丸山さん:繰り返しになりますが、かなり初期の段階から構想の解像度が上がると思うんですよね。最初につくりたい世界がはっきりするので、みんなで納得しながら「俺たちはこれをやらなきゃいけないんだ」という使命感に突き動かされて進む。そんなことができるんじゃないかと思います。

以前、あるプログラムで工学系の学生と美大生の混成チームで、地域コミュニティのつながりを活性化するテーマについて考えようというものがありました。そのときにおもしろいなと思ったのが、工学系の学生が「地域の人たちが密に付き合えていないならば、もっと接点を増やすアイデアを出そう」という目標を定めて意欲的に進めていくなか、美大の学生はそのなかで「なんだかおもしろくないな」という気持ちになっちゃったみたいで。

1対1で話を聞くと、いまの時代に地元の人たちが直接交流する機会を増やしたところで本当にうまくいくのか、そこに対して説得できるほどの論も組み立たず、ひとりでモヤモヤを抱えていたらしいのです。その美大生と雑談を続けていると、「ペットを挟んだコミュニケーションならありえそうだね」という会話になりました。でも、それを聞いた工学系の学生は、「前提が違くない?」「いままでやってきたことはどうなるの?」と困惑してしまったそうです。美大生と他の混成チームだと、そういうことが起こりがちだと思うんです。でも、それこそが“what”を“why”から問い直していくことの真骨頂なので、一般大の方は、前提を疑うようなことがどういう局面で起こってくるのかを、スリルとして楽しむことができるはずです。

社会人の方については、私の知人たちからも聞くのですが、コロナ禍の経験を経て「社会は変わっていくのに自分はこのままでいいんだろうか」「もっと社会に直接貢献するような活動がしたい」と、会社のなかで鬱々としている人が増えていたりするんですよね。そういう人たちが、まさに世の中に問い直すようなテーマに授業やプロジェクトで取り組んでいる学生たちと一緒に考え、社会のなかで自己効力感を覚えるような体験をしていただきたい。ぜひ肩書きの殻をはずして、クリエイティビティを解き放ってもらいたいです。

酒井:たしかにそうですね。その感覚って、社会人だけではなく美大生にもおこっているような気がします。今年の卒業制作展を見て感じた傾向は、「社会課題の解決をテーマにしています」とあえて謳うようなものが減っていることです。そのぶん「いま目の前にいる、この人の力になりたい」というような、すごく個人的で解像度がはっきりしているものが増えたなと。そこにいろんな可能性が秘められていると感じました。

丸山さん:卒業制作の内容が身近なものになったというのは、デザインが、美大やクリエイティブ業界のものから、さまざまな分野で新しいものを生み出す活動に使えるものになってきたことがあるんだろうなと思います。一方でこのプログラムでは、広がりを見せるデザイン活動のなかにおいても、美大生らしく、コモディティ化(※)しないやり方で突き進むようなアイデアを期待しています。

※市場に参入するときには価値の高い商品だったが、市場が活性化した結果、商品の市場価値が下がり一般的な商品になること

酒井:もうひとつ、インキュベーション施設やスタートアップ施設に入っているような方たちにもぜひチャレンジしてほしいなと思っています。

丸山さん:さまざまなスタートアップ施設のイノベーションの形を見てると、それぞれ特徴を出していくことは大事だと思いますが、いま我々が向き合おうとしている社会は非常に複雑。ですからその解決策を包括的に考え、互いの施設が持っている人的資源やケーパビリティ(才能や能力)を連携させるべきだと思うんですよね。ビジネスデザインアワードのところでは一緒に卵を温め孵化させる場所として存在し、アクセラプログラム以降では、テーマをヒナから一人前に育てていくのに適したプログラムをもつ施設の人に連携してもらうのもありかなと思います。

酒井:最後の質問です。このプログラムを進めていくうえで、メンターによるメンタリングであったり、おそらく企業との事業協創や共同研究をしていくこともあると思うんですが、そのときの企業の関わり方の可能性にはどのようなものがあるでしょうか?

丸山さん:事業とはいうものの、出てくるものは“大きな夢のための一歩目”のような位置づけのテーマになると思うんですよね。なので、企業の方に関わっていただくときには、その大きな構想に共感したうえで、自社事業としてメリットがある別のアプローチを見出せたのなら、それを議論して新たに一緒に組んでいただいてもいいと思っています。ここで出されたものを全部事業化しないといけないとは思ってほしくないなと。アイデアを技術で支える立場として参加していただくのもいいですし、これを引き取るんだというよりは、アイデアにインスパイアされて一緒にやろうみたいな感じがいいのではないでしょうか。事業化としては歩みは遅いかもしれませんが、委託研究というよりは、共同で一緒に考えるようなプロジェクトが立ち上がるのもおもしろいなと考えています。