2024年度の武蔵野美術大学実験区「MAU SOCIAL IMPACT AWARD」で入賞し、アクセラレーションプログラムに進んだチームにインタビュー。お話を聞いたのは、「万食旗 ~ご褒美として食べる非常食~」を提案し、グランプリを受賞したチームの代表者・坂本真唯さんと、メンバーの佐々木遼太さんです。アクセラレーションプログラムに進んだなかで唯一学生のみで編成されているこのチームは、どのような軌跡をたどってきたのでしょうか。

・メンバー
代表者:坂本真唯(武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科3年)
佐々木遼太(立教大学 観光学部4年)
岸田和佳奈(武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科3年)
石田健治(武蔵野美術大学 基礎デザイン学科3年)

・マネージャー
三島賢志(フリーランスプランナー、フォトグラファー)

・メンター
服部慎太郎(株式会社スナックミー 代表取締役)

▼武蔵野美術大学実験区
https://jikkenku.musabi.ac.jp/


美大と総合大学の組み合わせで、いままでになかった視点が持てた

――まず、「万食旗 ~ご褒美として食べる非常食~」という事業アイデアの概要を教えてください。

坂本真唯さん(以下、坂本さん):「自分が買いたくなる非常食をつくる」というテーマを掲げています。私自身に被災経験はないのですが、被災したことがある知人が「非常食って嫌じゃん?」と言っていて。私にはそのような印象はありませんでしたが、でも、買っているかというとそうではない。それはなぜかと考えたときに、いまある非常食が、日常の食事とかけ離れていて楽しみが少ないからではないかと思ったんです。そこで、被災時も普段と同じような楽しい食事体験ができる非常食がつくれないかと考えました。

既存の非常食は備蓄がしやすいようにコンパクトであることや、ゴミの捨てやすさなどから、合理化された形状が選ばれています。しかし、しっかりとしたお皿で食べること、ごはんとの組み合わせで食べる食事にすることで、既存の非常食とは異なる「わくわくできる非常食」や「ハレの日の非常食」になるのではないかという仮説を立てました。

――どのような経緯で、この事業に取り組んでみようと考えたのでしょうか?

坂本さん:私はまず「実験区に参加したい」という思いがありました。というのも、ムサビの授業でさまざまな作品をつくるなか、周りの子はみんな楽しみながらやっているのに、私はあまり楽しめなかったんですね。細かい作業や、ディテールを突き詰めることが難しかった。自分に向いているのはものづくりではないんだろうだなと感じました。

そこで、デザインやアートとは対極にあるにビジネス方面で頑張ってみようと、金融やコンサルティング会社にインターンに行ってみたんです。総合大学の学生がたくさんいるなかで活動してみたら、自分は美大のなかだったらビジネスに近い考え方だけれど、一般社会のなかではデザイン思考寄りなんだと気づきました。

自分になにができるだろうかと悩み、自分が好きなものを追求して自己分析をしてみることに。そうしたときに見かけたのが実験区でした。

――デザインやアートがあまり楽しめなかったというのは、なにか原因があるのでしょうか?

坂本さん:ガサツな人間なので、みんなが気にしている1mmの差を気にするのが難しいんですよ。「これぐらいの差はいいじゃん」と思ってしまうというか、いくら頑張ってもずれるものはずれちゃう。だから向かないなと思っていました。

じゃあ、なんでムサビに入ったのかというと、大学案内パンフレットのクリエイティブイノベーション学科のページで、卒業後の進路として「起業家」が書かれていたからです。もともと起業したいと思っていたので、それが決め手になりました。

起業したいと考えるようになったのは、高校2年生のときに海外の起業家が集まるコワーキングスペースへ行ったことがきっかけです。そこで働く環境がすごくよかった。自分もそんなふうに働きたいと思ったし、起業家の人に「君、積極性があるからできるよ」と言われたことも要因です。

2024年12⽉13⽇(金)・14日(土)に開催された「武蔵野美術大学実験区 DEMO DAY 2024」でプレゼンテーションを行う坂本真唯さん

――佐々木さんは実験区に個人でエントリーし、坂本さんのチームに加わったそうですね。実験区に参加しようと思ったのはどのような理由だったのでしょうか?

佐々木遼太さん(以下、佐々木さん):僕はもともと、チームでアイデアを発想したり、困りごとを解決する団体に所属していました。また、ムサビの大学院 クリエイティブリーダーシップコースへの進学を考えていたこともあって、美大の人と一緒にそういうことをやったらどうなるのか興味が持っていたんです。そんななかでたまたま実験区の募集告知を見つけ、エントリーしました。

実験区ではチームにムサビの学生をひとり以上入れなければならないというルールがあったのが、すごくおもしろいと感じました。残念ながら僕自身の事業アイデアは「MAU SOCIAL IMPACT AWARD」の一次選考で落選してしまったんですが、そこからほかのチームにジョインすることもできるという仕組みもおもしろく感じましたね。

どこかのチームに入れたらいいなとは思っていたのですが、坂本さんのプレゼンテーションを聞いたときに、自分のなかでもアイデアが膨らんだんです。「坂本さんはこう言っているけど、自分だったらこうしたいかも」とか「こうやっていきたい」といった気持ちがどんどん出てきて、一緒にやってみたいと思ったのが坂本さんのチームに参加した理由です。

――坂本さんはほかの大学の学生とチームを組むことにどのような期待感がありましたか。

坂本さん:これまでの経験で自分が苦手な部分がわかっているので、そこを補ってもらえたらうれしいというのがありました。

私はロジックも苦手ですし、課題感から物事を考えるのがすごく苦手です。ビジネスって「こういう人の課題に対してニーズがあります」というところから入っていくことがすごく多いですよね。たとえば、雪国の人は雪かきが大変だから、それを解決する事業を考えようという発想の仕方です。でも私の思考は「これをやったらおもしろそう」が入口になる。だから課題感からアイデアをふくらませられるような、ビジネス的な思考ができる人と出会えたらいいなと思っていました。

またシンプルに、自分だけではなくほかの方の視点がほしいというのもありました。もちろんムサビのなかだけでもいろいろな視点に触れられますが、どれもクリエイティブで革新的だという共通点があります。そういった視点にだけ触れ続けているのも反対に多様性に欠けると思うので、そうではない視点を得られたことはすごくよかったですね。

――佐々木さんは、坂本さんとディスカッションするなかで印象的なエピソードはありますか。

佐々木さん:自分が一番大事だと思っている部分を、僕が横からどんな意見を言っても曲げないといところが、坂本さんのすごくいい部分だと感じていました。確固たる考えを持っているのが本当にすごいと思います。

それから、全体を通して「美大生ってすごいな」と感じたのが、締め切りには絶対に間に合わせる力です。総合大学の学生となにかをつくっていくときは、締め切りに向けてどんどん切羽詰まっていき、ピリピリすることが多いのですが、いざ当日が来たら「まあ、ここまでかな」みたいな空気になるんですよね。でも美大生は、完成に向かってどんどん楽しくなっていくような、自分たちが考えたものが一気にひとつのものにまとまっていくことを楽しむような空気がありますよね。完成度をどこまで高められるか、当日に向かってぐっとスピードアップしていくのが印象的でした。

実験区に参加したことで、自分の強みも弱みも理解できた

――マネージャーの三島さんとは、どんなやり取りをしましたか?

坂本さん:序盤のころ、私の話に対して「それってなんで好きなの?」と、とことん掘り下げていただいたのが印象に残っています。それで私もより深く思考するようになり、「私が非常食に惹かれるのは、雑貨店でいろんなものが見られるのと近い感覚なのかも。それにはこういう共通点がある」と分析して、ノートに書いて持っていったりしました。

佐々木さん:僕はアイデア創出ワークショップ(BUSINESS DESIGN WORKSHOP)のときに、スマホを使ったアイデアを持っていたんですが、「なんでスマホじゃなきゃダメなの?」と言われたのが印象的です。ずっとそれについて考え続けましたが、プレゼンテーションの後に「君は論理に逃げる傾向がある。自分がどうしてそれをやりたいのかが考え足りない。もっと突き詰めて考えたほうがいいね」とも言われました。

坂本さんは自分の発意をうまく捉えていた。それがプレゼンの説得力となって、伝わり方が全然違うことを目の当たりにしました。

――メンターの服部さんとは、どういうやり取りをしましたか。

坂本さん:服部さんはおやつのサブスクを立ち上げるなど、いろんな場所でいろんなことを経験していらっしゃる方だったので、ビジネスマンの視点からコメントしていただきました。「服部さんだったら、こういうときどうしますか?」とか、「服部さんだとどういうやり方をしますか?」と質問させていただいて、たくさんのことを吸収できました。

佐々木さん:やっぱりビジネスの観点がすごく参考になりましたね。ただ、服部さんの意見を取り入れる部分と、自分たちの思いを貫く部分のバランスの取り方が難しかったです。どちらかによりすぎるとうまくいかないなということも、今回、とても感じました。

――実験区に参加して自分が変わった部分や、影響を受けたと思う部分はありますか。

坂本さん:もともとの目標が、自分が好きなこと、やりたいこと、できることを探すことで、それは見つかったと思いますし、自分の強みや弱みもよくわかりました。そのことは、実験区と同時進行で進めていた就活にもすごく活きたと思います。

佐々木さん:さっきも触れたのですが、自分がどうしてそれをしたいのか、どこが曲げられないのかという分析が足りていなかったことに気づかされました。発意がしっかりしている坂本さんと一緒にやれたというのは大きかったですし、三島さんとのお話のなかで、自分がもっとできる部分が見つかったのも大きかったです。

――今後の展望や方向性は考えていますか。

坂本さん:具体的なことはまだ決まっていません。クリエイティブとビジネスがいいバランスで共存しているのが私の過ごしやすい場所だと思っているのですが、それがこのプロジェクトでどこにあるのかがまだわかっていないんですよね。

それは、おそらく社会を知らないからだと思います。アイデアを社会という現実に落とし込みたいのに、社会がどう動いているのかが実感としてわからない。だから、これから就職先で社会を知りつつ、いろいろな経験を通して考えていきたいと思っています。

佐々木さん:非常食については、坂本さんと一緒に引き続き検討していきたいですね。先日希望通りムサビのクリエイティブリーダーシップコースに合格したので、自分がこれだ!と思えるものを見つけて、アイデアを磨いていきたいです。来年も実験区にぜひ参加したいと思っています。