昨年から今年にかけて実施された、キャリアセンター主催の学内コンクール「架空の世界を描く」。デジタルペイントで、ファンタジー、SFなど、架空の世界観を描いたコンセプトアートの作品を募集しました。23点の入選作品は審査員からのフィードバックを経てブラッシュアップされ、2025年5月2日(金)~13日(火)に鷹の台キャンパスで行われた『デジタルペインティング/コンセプトアート展「架空の世界を描く」-キャリアセンター主催チャレンジプログラム入選作品展-』で披露されました。
今回お話を伺ったのは、入選者の油絵学科グラフィックアーツ専攻3年のOさんと、油絵学科油絵専攻3年のFさん。ふたりはフィードバックをどう受け止め、どのように作品に落とし込んだのでしょうか。キャリアセンターの山越梓さんを交えて、制作の裏側や見えてきたキャリアのヒントをうかがいました。
――そもそも、コンセプトアートとはどんなものでしょうか?
山越梓さん(以下、山越):ゲームやアニメーションなどの制作において、デザインやアイデア、雰囲気などを視覚化し、制作チーム全員が同じ方向を向いて作業を進めるために共有されるイラストレーションのことです。最終的な完成作品ではなく、制作段階の設計図のような役割を果たします。
――今回のコンクールを企画したきっかけについて、あらためて教えてください。
山越:学科を問わずゲーム業界やエンターテインメント業界への関心が高まっているため、それに応えるキャリア支援の施策を実施したいと考えました。また、絵を描くことが好きでいろいろな作品をつくっていても、それを社会でどう活かせるかがわからない学生が多くいることに気づいたことも大きなきっかけです。画力を活かせる仕事のひとつとして「コンセプトアート」というものがあるということを、まずは知ってほしいという思いも込めました。

――今回入選されたOさんとFさんに伺います。まずは応募の動機を聞かせてください。
Oさん:普段から友人とゲーム制作をしていて、背景美術やUIデザイン、キャラクターデザインを担当しているので、もともとコンセプトアートに興味があったんです。ただ、背景美術とコンセプトアートの違いが曖昧で、少し苦手意識もありました。
そんなとき、今回のコンクールの審査員長である緒賀岳志先生(油絵学科グラフィックアーツ専攻 客員教授/コンセプトアーティスト)の授業で初めてコンセプトアートについてきちんと学び、とてもおもしろい分野だと感じました。その授業以外で緒賀先生と関われる機会は少ないため、自分の絵を見ていただける最後のチャンスだと思い、思い切って応募しました。

Fさん:私は1年生のときにアニメーション制作に関わる機会があり、コンセプトアートの重要性を知りました。先輩が描いたその作品は、世界観はもちろん、舞台設定や時代背景まで表現されていて。そのとき私は背景美術を担当していたのですが、その制作にもコンセプトアートが大きく影響していると感じ、自分でも挑戦してみたいと思いました。

――どんな世界を描いたのでしょうか?
Oさん:私の作品は「虫と人間が共存する、荒廃した世界」をテーマにしています。虫を取り入れたのは、私が虫が苦手だから(笑)。せっかくの機会なのでいままで描いたことのなかったものに挑戦しようと考えたんです。
私はいつも、旅先で見た風景や感じたことからインスピレーションを得るという制作スタイルをとっています。今回はトルコ旅行で見た景色をもとに、変わった形の石やモスク、気球、絨毯のもとになる蚕などのモチーフを取り入れました。

――完全にゼロから生み出すのではなく、自分が見た景色などからアイデアをふくらませるのですね。
Oさん:はい、そうなんです。私は自分で見て感じたことを絵に表現することこそが、人間ならではの強みだと思っていて。コンセプトアートはフィクションの世界ですが、そのなかでユーザーにどんな“体感”をしてもらうかが大切だと思います。たとえば、暑くて、風で舞い上がった砂が顔にあたるなど。そうした五感を揺さぶるような表現は、実体験にもとづいていなければ難しいのではないでしょうか。
――ありがとうございます。Fさんもご自身の入選作品について解説していただけますか?
Fさん:自然信仰、特に「月」を大切にしていた民族がいたという設定で、「月の遺跡」をテーマにしています。すでに月が重視されなくなった未来の世界で、かつての信仰の名残のようなものを描きたいと考えました。神秘的なイメージや大地の広大さの表現、そして色合いにはすごくこだわっています。

――今回のコンクールの大きな特徴は、入選後に審査員からのフィードバックを受け、作品をブラッシュアップしていったことかと思います。おふたりはどんなフィードバックを受けましたか?
Fさん:私は「まだ絵が粗いので、細部の描き込みを増やしたほうがいい」という意見をいただきました。たとえば月の遺跡の質感は、岩なのか、石膏なのか、素材を明確にするという感じです。
また、最初はキャラクターをメインに据えていたのですが、コンセプトアートとして全体の世界観に視線が向かうよう、構図も大きく変えました。

Oさん:私ももっと描き込みを増やすようにとアドバイスを受けたので、そこに重点を置いて手を加えました。
――フィードバックを受けて、どんな気づきがありましたか?
Fさん:内容そのものもそうですが、対面式のフィードバック会でほかの方の作品を見たことが大きな刺激になりました。みんなクオリティが高くて、「このままではいけない」と感じ、完成に向けて自分のなかの基準を上げることができたのです。これまでは「このくらい描けていれば大丈夫」と、自分のなかで線引きをしていたのだと気づかされました。
――Oさんはいかがでしょうか。
Oさん:小・中から予備校のデザイン学科に通っていた高校3年生ごろまで、色に対してネガティブな指摘を受けることも多く、自分らしい色づかいは長所でもあり短所でもあると感じていました。でも今回、「あなたの作品は色づかいがいいね」と言っていただけたことが、大きな自信になりました。
ただし、コンセプトアートは制作チームのメンバーと世界観を共有するためのツールでもあります。もしも色がその妨げになるのであれば、ときには抑える必要もあると学びました。

――コンクールを経て、今後のキャリアについて新たに考えることはありましたか?
Oさん:ゲーム業界を志望していて、背景美術とキャラクターデザインのどちらに進むか悩んでいたのですが、キャラクターデザイナーになりたいという気持ちが明確になりました。コンセプトアートに本気で向き合う経験ができたからこそ、キャラクターデザインの魅力を再認識できたと思っています。
Fさん:私はなりたい職業が具体的に決まっているわけではありませんが、「お話づくり」が好きだと再確認できました。絵本や漫画、映像など、表現方法はいろいろありますが、自分が考えた設定や歴史、文脈を盛り込むことができる仕事に就きたいと考えています。
――完成作品を大きな会場で展示する機会にも恵まれましたね。自分の作品が並んでいるのを見て、どう感じましたか?
Oさん:デジタルで制作した作品を、A0判のかなり大きなサイズで展示していただけたことは新鮮な経験でした。会場に足を運んでくれた友人からいい感想をもらえたこともうれしかったです。ただ、大きなサイズだからこそ「もう少し描き込めばよかった」と反省点も見えました。
Fさん:ほかの作品と並んで展示されることで、自分の作品をより客観的に見ることができました。「この部分は自分にも取り入れたい」「こんな表現があるんだ!」と発見も多く、もっとがんばろうという気持ちになれました。こうした学内コンクールの機会は多くはないので、とても貴重な経験でした。
――最後に山越さん、今回の取り組みを振り返っていかがですか?
山越:これまでにはないかたちでのキャリア支援でしたが、おふたりのようにキャリアに前向きな変化があったことは、私たちにとっても大きな成果でした。
また、ムサビの学生はやはり能動的な人が多いとあらためて感じました。今回のコンクールを通じて、学科・学年を超えて応募者同士の横のつながりが生まれ、「どんなソフトを使っているの?」といった会話を交わしていたのも印象的です。技術的なことへの熱量が高く、切磋琢磨し合える関係性があることも、大きな学びでしたね。今後もこうした新しいかたちのキャリア支援を続けていきたいと考えています。
(取材日:2025年5月15日)