キャリアセンターでは、キャリアサポートの一環として学内コンクールを主催しています。そのひとつが、2024年7月20日までエントリーを受け付けている、デジタルペインティング/コンセプトアートチャレンジプログラム「架空の世界を描く」。入選者は審査員からのフィードバックを受け、長い期間をかけて作品を制作できること、最終的に仕上げた作品を展覧会でお披露目できることなど、独自の特徴を持っています。
開催にいたった経緯や審査のポイントについて、審査員のひとりである緒賀岳志さん(油絵学科グラフィックアーツ専攻 客員教授/コンセプトアーティスト)と、キャリアセンターの山越梓さんに伺いました。


――まずは今回のコンクールの概要について教えてください。

山越梓さん(以下、山越):全学科の学生を対象に、「架空の世界を描く」というテーマでデジタルペインティングのコンセプトアート作品を募るものです。コンセプトアートというのは、「映画やゲームのなどで使用されている、架空の世界観や雰囲気といったビジュアルコンセプトを事前に視覚化し、絵として表現したもの」。「架空の世界を描く」という以外に詳細なテーマは設けず、ファンタジー、SF、時代ものなど、ジャンルも問いません。ぜひ自分だけの世界観を自由に描いてもらいたいと考えています。

今回のコンクールは、ゴールまでの流れに特徴があります。2024年7月20日までにエントリーを済ませたあと、9月2日〜13日の期間で作品を提出。審査を通過した方には審査員の先生方によるフィードバックを実施します。そのフィードバックを受け、2025年1月15日までに、2025年5月に鷹の台キャンパスで開催する展覧会に向けて作品を仕上げていただくという流れになっています。この展覧会と同じ日程で「Cygames背景美術展」が学内で開催されるので、学外の方にもたくさん見ていただける機会になると思います。

緒賀岳志さん(以下、緒賀):制作期間が長いのもいいですよね。

山越:そうですね、9月に初回の提出をしてもらって審査を行い、10月のフィードバック会を経て、2025年1月15日までに最終的に展覧会に出す作品を提出してもらうので、かなり長い期間、ひとつの作品に向き合う機会になると思います。

――キャリアセンター主催のコンクールというのは珍しいかと思いますが、どのような経緯で企画が生まれたのでしょうか?

山越:いま、ゲーム業界は学科を問わずすごく人気で、志望する学生が多いんですね。一方で、絵を描いたり世界観をつくり出したりするのが好きだけれど、それが職業になるとは思わず、就活の時期になってはじめてコンセプトアーティストという仕事があることを知るケースも多いんです。キャリアセンターを利用している学生のなかにも、「そのことを見越した制作をしてこなかった」「ポートフォリオに載せられる作品が少ない」と後悔している人が多い印象です。

そこで、普段自分のためにしている制作がどういうふうに社会や職業のなかで活かせるのかを考えるきっかけになればと、キャリア支援の一環として今回のコンクールを企画しました。ムサビで培ったアカデミックな造形力をエンターテイメント領域で活かしてもらいたいです。最終的に仕上げていただく作品はA0サイズと大作になるので、ポートフォリオのメイン作品になることにも期待しています。

――「進路について考えよう」「業界を知ろう」というアプローチだと後回しにされがちですが、作品づくりを入り口にすることで、その先につながる世界をのぞいてもらうということですね。

山越:まずはつくってみることで興味を持っていただけたたらいいのかなと思っています。だからこそ、今回のコンクールはこれまでにコンセプトアートを1枚も描いたことがない方も大歓迎。あくまでもチャレンジプログラムなので、多くの方に挑戦してほしいです。制作するなかで、「こういうものを描くにはこういう技術がなきゃいけないんだ」など、見えてくることもあると思います。

また、一見ファイン系の学生がメインに感じるかもしれないのですが、デザイン系の学生も含め、全学科を対象にしているのもポイントです。

緒賀:僕はコンセプトアーティストとして長く活動してきましたが、ゲーム業界はデザイン系の人のほうが多いぐらいなんですよね。絵を描く職種の人もデザイン科出身の人がすごく多くて、むしろ油絵学科とかのほうが珍しいかもしれません。

――緒賀先生がコンセプトアートというものに出会ったきっかけはなんだったのでしょうか?

緒賀:僕はムサビの油絵学科版画専攻出身なのですが、学生のころはデジタルペインティングは一般的ではなく、コンセプトアートというものも全然知らなかったんです。木版を勉強して、1997年に卒業したあと、20代は木版作家をやっていました。それがあるとき、デジタルペインティングの草分け的な存在である寺田克也さんの作品に出会い、はじめてデジタルで絵を描く仕事があることを知って。それをきっかけに、木版画のかたわらデジタルペインティングを描きはじめ、30歳ぐらいのときにゲーム会社に就職しました。そこから、独立したいまもコンセプトアーティストやイラストレーターとして活動しています。

緒賀さんが手がけたゲーム作品『鬼ノ哭ク邦』コンセプトアート。©SQUARE ENIX

――デジタルペインティングが一般的になったいま、コンセプトアーティストは憧れの職業になり、デジタルイラストやゲームの背景が描きたくて美大に入る人もたくさんいますよね。

緒賀:そうだと思います。好きなアニメや漫画を模写して絵に目覚めた人は多いと思いますが、僕の世代はいわゆる“オタク”が恥ずかしい時代だったから、そういう嗜好は隠す雰囲気があったんですよね。僕もそのひとりで、美大生だから現代アートをやるんだ、『AKIRA』を読んで絵に目覚めたことは恥ずかしい過去みたいに、かっこつけていました。

でも時代は変わりましたよね。美術館がアニメ文化を取り上げるようになって、オタク的なものも当然美術だというふうに変わっていった。僕がコンセプトアートをやりたいと思ったときも、隠していたオタクっぽいルーツみたいなものに素直になった感覚があります。

――コンセプトアートのおもしろみはどんなところにあると思いますか?

緒賀:コンセプトアートは物語のための絵です。今回のコンクールは違うけれど、仕事として描くときには、ある特定の映画作品やゲーム作品の物語をイメージしていく作業。その世界にはどんな机があって、どんな椅子に座り、どんな食器でごはんを食べるんだろう……と考えていきます。誰も見たことがない世界をゼロからつくり上げていくことが、おもしろさのひとつなのではないでしょうか。

そのためには、普段からいろんなものを観察することが大切です。普段学生を見ていると、みんな人間に関心があり、特に女の子を描くことが好きな人が多い気がします。だけど未知の世界を描くには、人間だけでなく、木の形や建物の形、街にある道路がどう配置されているかなど、すべてのものに関心を持つことが必要だと思います。

『〈本の姫〉は謳う 4』カバーイラスト。緒賀さんはSF小説を中心に書籍のカバーイラストなども手がけている

山越:このコンクールですごく大事なのが、人物など単体のモチーフではなく、それらをとりまく世界を描いていただくということです。そこには、学生のみなさんがこれまでに身につけてきたアカデミックな描写力が大いに生きてくるはずです。

緒賀:現実世界のモチーフを観察することも大事ですが、そこから飛躍したり、アレンジすることも大事なんですよね。だから難しいんです。観察ばかりしていたら飛躍できないわけだから。

――現実世界にない自由さも楽しんでいくということでしょうか。

緒賀:そうですね。たとえば現実世界の建築物は、当然ながら倒れないように造られていますが、絵ではそうではない建築を描いてもいいし、宙に浮いていてもいい。むしろそういう、現実的でないものを描くべきだと思います。

『〈本の姫〉は謳う 1』カバーイラストの描画過程動画

――審査員としては、作品のどういうところを重視するのでしょうか?

緒賀:すごくリアルな、現実であるかのような描写で、でも見たことがない世界というのが一番の理想です。でも難しいですよね。だって、リアルさを追求しようとすると、実際に現実世界にあるモチーフを参照して描くことになりますが、単なる写実では未知の世界にならないわけで……突飛な想像力をはたらかせながらリアルな空気感をつくっていくという作業が必要になります。

――そういった点をふまえながら審査したうえで、入選者にはフィードバックをして一緒に育てていくところが今回のコンクールの大きな特徴ですよね。

山越:審査やフィードバック会には緒賀先生以外にも複数の学科の先生に参加していただくので、いろんな視点からの意見が聞けてすごく有意義なものになると思います。段階的に作品を仕上げてもらうことになるので、初回の提出時にどの程度まで描き込んだらいいのかという疑問もあるんじゃないかと考えています。入選して展示作品をつくりきる能力があるかという点は大きな判断基準になるので、初回の提出時にはその時点で完成されたものを出してもらいたいとは思っています。

――応募者に期待することはなんですか?

緒賀:やっぱり、絵を見て驚きたいですよね。見たこともない世界を見て、すごいなと思いたい。それからスケールの大きな景色を見てみたいです。僕の好みでもありますが、スケールの大きな空間を描けることはコンセプトアートならではです。もちろん小さな室内風景などを描いてもいいですが、それでも、“すごみ”みたいなものを出してほしいですね。

――応募を迷っている人たちに向けてメッセージをお願いします。

山越:エントリー期間は7月20日までですが、作品を出してもらうのは9月なので、ある程度時間があります。迷っているのであればとりあえずエントリーしてみてください。それから、友だちと一緒に応募するのもおすすめです。就活もそうですが、作品制作は孤独にやるものではありません。せっかく美大に身を置いているので、興味の対象が近い友だちと励まし合いながらつくる機会としても使ってもらえたらいいなと思います。

緒賀:大作をつくることになるのでひるむ気持ちもわかりますが、でも、半年かけて1枚の絵を描くというのは、大人になったらなかなかできません。若いんだから、迷ってるくらいならいましかできないことをやってみましょう、と言いたいですね。


キャリアセンター主催
デジタルペインティング/コンセプトアートチャレンジプログラム
「架空の世界を描く」

デジタルペイントでファンタジー、SFなど、架空の世界観を描いたコンセプトアートを描く学内コンクール。審査通過者には、フィードバックを実施し、2025年に開催する「デジタルペインティング展(仮)」に出品する作品を制作いただきます。制作いただいた作品は、キャリアチームでA0サイズに出力し、展示します。

〇展覧会会期:2025年5月2日(金)~5月13日(火)
〇会場:武蔵野美術大学(鷹の台キャンパス)12号館 B1F 展示室
※同日程で「Cygames 背景美術展」を鷹の台キャンパスで開催

コンクールについての詳細は「ムサビ進路ナビ」のトピックスをご確認ください。